第四十九章「失温」
心停止を知らせる電子音が、無常に室内に響き渡る。
旭を追いかけていた看護師が慌ててナースコールを押す。
「コード・ブルー!!318号室!!」
看護師に出ていくよう言われる旭だったが、目覚めた直後であった為か、無機質な一本の線になって動かないモニターと電子音に腰が抜けたのか、現実味がなくその場に崩れた。
居合わせた看護師は旭に構う余裕は無く、「どいて!」と少し乱雑に押し除けた後にゆりの華奢な身体を必死に動かそうと、胸元を何度も何度も機械的に圧迫している。そうこうしているうちに慌ただしく室内に入ってきた数人に、ゆりの身体を任せるしかない状態で、旭はどこか他人事のようにその景色を眺めていた。
────間に合わなかった?
さあっと、旭の全身から血液が流れるような感覚と共に、旭自身の体温が急激に冷えるような感覚に支配される。俗に言う血の気が引く、とはこういうことかと、旭はどこか他人事のように心臓マッサージを受けるゆりの人形のような体躯を眺めていた。
『あの時』のように、音が聞こえない。
除細動器の電子音や、医師看護師の切羽詰まった声だけがどこかフィルターがかかったようにくぐもって雑音のようにぼんやりと耳に届く。
絶望した旭はいつの間にか部屋の隅に追いやられて嘔吐感に喉が詰まるような思いだった。ふと、背中に何かが触れる。
振り返るような元気も無い。邪魔なら押し退けられるだろう。やはり他人事のようだな。そう思っている旭の鼓膜を揺さ振る、聞きたくない声が届く。
「返して貰わないとね」
その言葉に、旭は急に鼓膜が現実の音を捉えて喧騒に目を瞬く。弾かれるように振り返るとそこには墨田千歳が、訳知り顔で蘇生を受けるゆりを眺めていた。
「旭くん、ちゃんと会うのは初めましてだね」
「は、……え」
「時間が無い、悠理の身体の方が持たない。僕はきちんと由仁から返してもらってくるから。約束しただろう?由仁は僕が引き受けるって。旭くん、君も僕との約束を守るんだ。まずは目を覚ますこと。君だけ起きても意味がない」
頼んだよ、そう言って旭の肩をぽんぽんと叩くと、膝が悪いのか杖をついたまま千歳は背を向けて廊下を進んでいった。




