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【完結済】懸想の影  作者: 梦月みい


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第三十六章「愛の色」

『────次のニュースです。国内の自殺者が過去最多を更新、若年層がその割合の……────』


淡々としたニュースを読み上げるキャスターの声がカラッポの室内に響く。

テレビを向くように配置されたソファに腰掛ける由仁はそのニュースを眺めて小さくほくそ笑んだ。

まさにたった今その『自殺者』を一人増やしたところだった。

死因はオーソドックスに首吊りによる縊死。

ご丁寧に遺書まであったので、話しとシゴトは早かった。

愉しげにくすくすと声を漏らして笑う由仁が、直接手を下した訳ではない。

「由仁、話しが終わったんなら帰りたいんだが」

ソファの背もたれ部分に寄りかかるように浅く腰掛けバツが悪そうな顔で間接的に手を下した旭が、先程無事に『自殺者』となった、まだ体温もあり慣性の法則に従って揺れ動く死体を見上げて端的に背中側の由仁に言葉を投げかけた。

ふう、とわざとらしい溜息をついたかと思うと、回収したばかりの影を由仁に押し付け何かを言い返される前に立ち上がる。

「旭」

「……なんだ」

文字通りの「逃げ」を悟られたかのように服の裾を引かれ、旭は観念したように返答を返した。

「まだ話しは終わって無いでしょ」

「…ならさっさと、」

旭がそう言ったところで、由仁の細い指が旭の首元に絡まるように這う。この世のものとは思えない冷たさに旭は怖気立つも、振り払うことも抵抗することも出来ずに直立不動で立ち尽くしていた。

そうこうしているうちに旭の正面に由仁の華奢な身体が回り込むと、誰かに似たような、誰かが似ているかのような愛らしい笑顔と視線が絡む。誰に似てるんだろ、とぼんやり考える旭は目の前の由仁の表情に意識が吸い込まれるような感覚に陥った。力がまるで入らずに抗えず膝から崩れ落ちる。ほんの数秒前まで見下ろしていた愛くるしい小さな顔を力無く見上げると、愛くるしいと評した顔は、本当に愛くるしいのかどうなのかわからなくなる。ここがどこだったのか、目の前の女が誰なのか、女が抱える黒いモヤのような塊がなんなのか、何がわからないのかわからなくて頭痛がする。そのまま頭を抱えて旭は蹲ると、由仁はそれを見越したように小さく笑いながら旭の目の前に膝をついて座り込んだ。


「ほーら、言うこと聞かないから。また忘れちゃうよ」

また?またとはなんのこと、と旭は問いかけようと口を開く。しかし、その開いた口からは言葉が出ることはなく掠れた吐息だけが漏れるだけだった。

由仁は旭の様子を見て目を細め、まるで我が子に向けるような慈愛に満ちた表情を見せるとその顎先を人差し指で掬い上げる。

「いい加減、中途半端なのもこれで消えるかしら。これからは由仁のことだけ愛してね」

旭は、目の前のどこの誰かもわからない女に逆らうことも抵抗することも出来ずに接吻けを許していた。


舌先が絡まる感覚と、互いの唾液が絡まる感覚。


快感の巡りのように、ドス黒い感情と抜け落ちた忘れた感情と記憶が満ちていく。

旭は急に目の前が拓けるような謎の感覚に目を見開き、至近距離の整った顔立ちを眺める。

この女は誰だ、どうして、何が、なんで。

そう旭の脳内で意識が覚醒するのとほぼ同時に柔らかく冷たい唇がゆっくりと離れていく。目の前の女の唾液で濡れた唇が妙に艶かしい。旭の目の前にいる女が由仁という名前の女と認識すると同時に、真っ赤な舌先が唇の隙間から覗く。まだ至近距離にあるその唇から覗かれる舌が旭の唇を舐めた。


「ね、私のことわかる?」

「……ゆ、に」

「私のこと、愛してる?」

コツンと額を合わせる仕草がたまらなく可愛らしい。旭は胸の奥が締め付けられるような感覚に目を細めながら、変わらず至近距離にある顔を見つめ、掻き抱くように後頭部に無骨な手を回すと犯すように小さな唇を貪り重ねた。

満足そうに表情を緩める由仁が、旭のその行為を受け入れるようにゆっくりと薄く唇を開く。

つい数分前まで欄間の隙間から渡されるように括られたロープにぶら下がる重量が、揺れてギシギシと不気味な音を立てていた人間だったものも、いつの間にかしんと風景のように微動だにせずぶら下がっている。無感情に原稿を読み上げるニュースキャスターの音声がテレビから流れる他は、時折息継ぎのように紡がれる男女の吐息だけが室内で微かに響いていた。

ややあって旭は唇を離すと、少しばかり物足りなそうな顔で頬を膨らませる由仁は外が白んで来たのを見てつまらなそうに眉を寄せた。

「旭、私のこと愛してるなら…何をすべきかわかるよね?」

「ああ」

旭は短く返すと、ゆっくりと立ち上がる。

その背中に甘えるように由仁が抱きつくと、腕が旭の腰元に回ってくる。

まるで恋人が帰るのを名残惜しむような仕草に、旭は腹に回る由仁の腕をぽんぽんと撫でてやる。

「早くアレが欲しい」

「わかってる」

端的な旭の返しに由仁はこれ以上ないくらいの満足気な顔をしてから、あっさりと腕を離して旭を解放する。そうしてひらひらと手を振って「帰っていく」背中を見送ると、綺麗に整えられたベッドに身を投げ出すように転がる。

由仁の視界には穴という穴から体液を漏らしただらしない死体がギリギリ入ってはいるも、それ以上の収穫に高揚を抑えられずにいた。白を基調とした天井を眺めながら、旭が回収した対比するように真っ黒でドス黒い影の塊を両手で眺め、笑みが溢れるのを我慢できない様子で肩を揺らす。

「んふ、ふふふ…あははは」

楽しげに笑う由仁は身体を起こしてベッドの上に座り直すと、赤子を胸に抱くように影を豊かな胸元に抱き締める。

「お前も、私の一部にしてあげる。愛してあげる」

影を愛おしむように機嫌がいい様子で手のひらで撫でると、由仁の脳裏に一瞬小さくてふにゃふにゃで柔らかい、赤ん坊の姿が目に映る。だがその幻影も瞬きで消えてしまい、もう一度由仁はゆっくりと目を瞑ると失われた一部を取り込むように影に喰らい付いた。

内側から闇が満ちるような感覚に、恍惚とした表情で閉じられた双眸を開く。

愛されていると、そう実感できるようで酷く由仁は安堵し、そのままベッドに倒れ込んで今度は深く眠りについた。

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