第三十四章「握った先に」
気が付いたら一人ぼっちだった。
いや、気がつく前から一人だったかもしれない。
右も左も、上も下も、前も後ろもわからない。
痛かったような気がする、それすらもわからない。
苦しかった気もする、どうしてかわからない。
痛いって何?苦しいの?苦しいって、なに?
辛いって、どんな?
わからない、なにもわからなくて怖い。
────怖いって、なに?
暗いのか明るいのかもわからない空間。
直前まで自分が何をしていたのかもわからない。
わたしが、わたしであることはわかる。
わたし?わたしって、誰?何?
なんでここにいるの?どうしてここに来たの?
怖い。
なにも見えなくて、なにも聞こえなくて、なにもわからなくて、怖い。
たすけて。
────一体誰が助けてくれるの?
怖い。
────一体何が、そんなに怖いの?
わからない。
────一体、分からない事の何が困るの?
お母さん。
────お母さんって、なに?
考える事も、悩む事も、怖がる事も、全部を放棄した。
だからもう何も分からないけど、これでいい。
安寧の闇は音も光も感情をも蝕んでいく。
このまま、微睡んでいたい。
起きたら苦しいから。
でも、助けようとしてくれたあの人のことが気になる。
あの人?誰?
そう思ったところで視界が少し開けるのを感じる。
嫌だ、起きたくない。戻りたくない。覚めたくない。見たくない。知りたくない。行きたくない。帰りたくない。
意志とは真逆に明るくなっていく視野に言い様のない不安を感じる。
見た事のあるような景色はどこか褪せてはっきりとしないところが、一層の不安を煽るようだった。
なにもわからないのならば、何が怖いのかもわからない。何を不安に感じるのかも、わかるはずがない。
大丈夫。何も怖くない。大丈夫、大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、目を擦る。
息が苦しい。まるでマスクを何重にも重ねているかのような、布団の中に頭から潜り込んだかのような息苦しさ。
バクバクと、ドクドクと頭の中で拍動が響き渡る騒々しさに、視界の色褪せと、息の苦しさと、喉の詰まり。
なんでわたしばっかり、こんなに苦しいの?わたしが一体何をしたの?なにか、悪いことしたの?
小さい頃お母さんに、嫌いって言ったから?
お金なんかいらない。学校も辞めてもいい。人並みの幸せというのが何かはわからないけれど、人生の1回でいいから、疎まれず煙たがられずに、誰か、わたしの事を愛して。
こんなところで一人は嫌。
誰か助けて、誰か見つけて、誰か、誰か。
少しずつ、自分がなんなのか、どうしてここにいるのか、何が怖いのか、どうして欲しいのかが溶けるように分からなくなっていく。
最初こそその感覚に恐怖を覚えたものの、次第にそれすらも分からなくなっていく。溶けて揺蕩う感覚が、心地よくなっていく。なのに何かが不安で怖くてたまらない。
ここがどこだかわからない。
わたしを、誰か早く見つけてください。
「どうしましたか」
振り返ると、『全く見覚えのない見知らぬ男』。
言っては悪いが醜悪と形容して障りない笑顔は気持ち悪く、どうしてか酷く安心したのだけは覚えていた。欲しい。




