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【完結済】懸想の影  作者: 梦月みい


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第九章「デイ・ドリーム」

夢を見た。夢だと意識している、これは明晰夢と呼ぶらしいことは記憶と知識にあった。


それはとてもとても長い長い夢で、夢なので当然現実味は無い、でも真実味だけ残した不思議で不気味で幸せで滑稽で非常に気持ちの悪い夢。

夢というのはどういう訳か起きてなかなか記憶に留まってくれないもので、でもその中でもとりわけ記憶に色濃く染み付いているのが、目線の合っていない写真の集合体と、痛み。

夢の中で夢を見ている、そんな不思議な感覚。

身体を裂くような激痛は、事あるごとに体験した殴打の痛みとは比較にならない。ねっとりとした愛の上澄みだけなぞった言葉は、目に見えない身体の内側に突き刺さるように切り傷をつけていく。身体に感じる異物感が、愛おしさと悍ましさで支配していく。

私が一体何をしたの?何が悪かった?なんで私ばっかり。どうして私が。

自分の記憶にもそれがあって、思い起こすと自分ではない誰かの記憶にも思えてくる。

怖い。恐ろしい。愛おしい。殺したい。大好き。殺さなきゃ。愛してる。


次第に「死」の色で埋め尽くされていく心と記憶。

私ではない誰かが、私に早く殺せと私の声で囁いてくる。

隠さなきゃ。守らなきゃ。幸せにしなきゃ。早く逃げなきゃ。

早く、大至急、可及的速やかに。

殺さなきゃ。

私は────



「────ゆり、起きろ」

旭の声にはっとして意識が覚醒する。気付くと元いたベンチに、戻ってきたのか、それとも初めからここにいたのか、それすらもゆりにはわからない。

「………あれ、旭くん……?わたし」

「何寝ぼけてんだ」

呆れたような顔の旭を見上げて、ゆりは不安の色を双眸に灯す。夢を見るなんていつぶりだろうかと涙で滲む視界に戸惑いながら、ゆりはゆっくりと身体を起こす。

すでに記憶から薄れてしまいつつある夢の光景に、なんとなく薄寒いものを覚えながらゆりは腕を摩り、それを見た旭はどういう感情なのか目を細めてそれを見ていた。

「ゆり」

「ん?」

「大丈夫か」

ゆりに対しては存外優しい旭であったが、この時はいつも以上に優しい声色であった。ゆりは目をぱちくりと瞬かせてからきょとんとした様子で首を傾げ、旭に手を伸ばす。苦しそうな顔の旭がゆりの手を取ると、そのまま指先が絡まるように握られた。男らしく無骨な手はしっかり骨ばっており、なんとなく心地よい感覚にゆりは安堵の色を浮かべた。

ここに来た目的はわからない。どうやって来たのかも覚えていない。どのくらいの時が経ったのかもわからない。

「…ゆり、帰ろう」

一体どこに帰るのかもわからないが、ゆりは旭の搾り出すような苦しそうな声になんとなく胸を締め付けられるような感覚を孕みながら小さく頷いて見せた。

そうして頭上に浮かぶ、見たことの無い程の満天の星空を見上げてからゆりは明るく声をかけた。

「旭くん!すっごい星!」

「……おー…確かに」

ほんの少しだけ、旭も緊張が解けたように感嘆の声を漏らし、手を握ったまま二人でしばし空を見上げていた。


ゆりは楽しそうにしているように見せてはいたが、心の中は酷くざわついていた。

夢なのか現実なのか、はっきりしない。

ただただ、誰かを殺したようなそんな感覚と罪悪感と高揚感と嫌悪感と解放感があった。

人の首を絞めて、指先に籠る殺意。細い首が折れた時の嫌な音と、命乞いの声。命乞いの中で「ごめんなさい」と赦しを乞う言葉が聞こえたが、一体誰のものだったのか。

そうして、手の中で何かが終わるようなそんな感覚だけがゆりの意識に残っていた。


気持ち悪い。

やってやった。

ザマアミロ。

ごめんなさい。

私のせいじゃない。

助けて。

大好き。

愛してる。

さようなら。


そう、きっと熱気に浮かされた白昼夢だ。

だって私は何も悪くない。


旭の、「ごめんな」という贖罪の言葉だけが夜空に吸い込まれて誰に届くこともなくとけてなくなっていった。

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