6-16話 早朝の鉢合わせ②(side:照)
時間を少し遡り、照と剣人が鉢合わせするより十五分ほど前――。
剣人がまだ宿屋の前で早朝のトレーニングをしていた頃――。
照は剣人が泊まっているはずの客室の前にいた。
先ほどからノックしようと手を振り上げ、だが躊躇って手を下ろすという行動を繰り返している。
(剣人に昨日の事、謝りたいんだけど……でもまだ寝てるよね? 起こすのはまずいかな……?)
どうやら剣人に声をかけるかどうか悩んでいるようだ。
(でも他の人が起きてくる前に謝っておきたいんだけどなぁ……。うーん……早く起きてきてくれないかな……?)
そうやって剣人が起きてくるのを待つこと二十分ほど。
剣人を起こすかどうか悩んでいた照だったが――
「えーい、もうやっちゃえ!」
――そう決意すると、コンコンと剣人の客室のドアをノックした。
「……剣人、起きてる?」
だが部屋からは何の反応もなく、シィーンと静まり返っている。
「……もしかしていないのかな?」
再度ノックしてしばらく待ってみたが、やはり返事がないため、部屋には誰もいないと判断する照。
「いったいどこに……? あ、そういえば……」
異世界転移する前のこの時間、剣人はいつも早朝トレーニングを行っていたことを思い出した。
(もしかして剣人、いつもの自主トレで外に出てるのかも……?)
照はそう思いつくと、剣人を外に探しに行くため、二階のラウンジへと向かった。
――ここでこの宿屋の構造を改めて説明しておこう。
この宿屋は四階建て。
一階はロビーや食堂や浴室、ランドリールーム、旅の必需品を置く売店など、各種施設で占められており、客室は全て二階より上にある。
二階に上がるには一階ロビーのサーキュラー階段――弧を描きながら90度カーブした階段――を上らなければならない。
階段を上った先には客室二部屋分程の広さのラウンジがあり、二階客室フロアに続く廊下、三階へ繋がる昇り階段が繋がっている。
つまり一階のロビーから二・三・四階にある客室に行くには、必ずこの二階ラウンジを通る必要があるのだ。
――そのような構造の建物なので、当然剣人を探して外に出ようとしていた照も、二階ラウンジを通りがかることとなった。
早朝で人気のないラウンジには、客がくつろぐためのテーブルとソファーのセットと、窓際に鉄製の薪ストーブが設置されていた。
この国の今の季節は春先だが、朝はまだまだ寒いようでストーブには火がついている。
そのまま誰もいないラウンジを素通りしようとした照だったが、途中で三階から階段を降りて来る二人の人物に気付く。
昨日出会った冒険者パーティの内の二人――エルフ美女のフォレスティーナとドワーフのドドンゴだ。
「おはようございます。お早いですね」
照が挨拶をすると、パーティのリーダーであるフォレスティーナが挨拶を返してくれる。
「おはようございます。私たちは早めに出るつもりなの。他のメンバーが揃い次第、すぐにでも出発するつもりよ」
そして彼女の後ろからのぞき込むように、ドドンゴが声を掛けてくる。
「おお、照殿! ちょうどよかった」
「どうも。おはようございます、ドドンゴさん」
「出発する前にこれをどう返そうか悩んでいたところだ。起きていてくれて助かった。さぁ、受け取ってくれ」
そう言ってドドンゴが差し出したのは、昨日照が預けた『光の属性剣』だ。
「あ、そういえば修理してくれてたんだっけ……」
剣を渡していたことをすっかり忘れていた照。
ドドンゴの「確認してみてくれ」という催促を受け、返却された剣を鞘から抜き放つ。
すると――見違えるほど輝きを放つ刀身が現れた。
「うぅわっ! すごいピカピカだ、ありがとうございます」
「いやいや、吾輩こそいい勉強になった。出立する前に、ちゃんと返せてよかったぞ。このままだと窃盗で、冒険者ライセンスを剥奪されるところだったであろう」
そう言いガハハと豪快な笑顔を見せるドドンゴ。
と、そのとき――
「――だったらそのまま剥奪されればよかったのに」
――そんな不穏な台詞が聞こえてきた。
見ると一階に続くサーキュラー階段から、冒険者パーティの残りの一人、エルフ少年のエルウッドが姿を表した。
「それでアンタが冒険者を辞めて、パーティから消えてくれたら嬉しいんだけどな」
「お、おはよう、エルウッド殿……」
朝っぱらから向けられたエルウッドの罵倒に、引きつった顔で挨拶を返すドドンゴ。
だがエルウッドは「フンッ!」と顔をそらし、刺々しい態度を見せる。
「いい加減にしなさい、エルウッド。まだ機嫌が直ってないの?」
あまりの態度にリーダーのフォレスティーナが苦言を呈すが、肝心のエルウッドは効く耳のない様子。
「……もういいわ。エルウッド、貴方もさっさと出発の準備をして来なさい。私たちはロビーで待ってるから」
「はいはい、分かったよ」
「ああ、ついでにミミーナも起こしてきて」
「はーい」
エルウッドは背中越しに手を振ると、ふてぶてしい態度のまま三階へ向かう階段を上って行った。
「やれやれ……。キミも、見苦しいところを見せてしまってごめんなさいね。行きましょうドドンゴ」
フォレスティーナは照に謝りを入れたあと、ドドンゴと共に階段を一階ロビーへと降りていく。
「それじゃボクは……剣人を探すより前に、この剣を部屋に置いてくるかな」
そう決めた照は、先に自分の客室に戻り、ドドンゴから返却された剣を置く。
それから剣人を探すため、二階ラウンジからサーキュラー階段を下りて一階ロビーへ向かった。
階段途中から見下ろすと、ロビーでは掃除に勤しむ従業員がちらほらと見える。
待合スペースには先に降りて行ったフォレスティーナとドドンゴの姿もあった。
そして――
「あ、剣人……」
「テ、照……」
――サーキュラー階段を降りてすぐ、照は探していた剣人にようやく会えたのだった。




