1-7話 ラノベ部の愉快な仲間たち①
その後、部活に向かった剣人と別れ、ひとり校内を巡る照。
「くっそぉ剣人の奴、人の黒歴史を遠慮なく抉りやがって……」
剣人の態度を愚痴りながら陽莉の姿を探す照が、食堂の前を通りかかったとき――。
「許せないよね、オトメちゃん!」
――営業後も解放されている食堂の中から、そんな大きな声が聞こえてきた。
「何だ今の声? 陽莉の声だったような……」
何事かと照が食堂の中をのぞくと、客席に見知らぬ女生徒と向かい合って座る陽莉の姿を見つけた。
「作者の意向を無視してキャスティングを変えるなんてリスペクトが足りない行為だよ! こんなの絶対許しちゃいけない! そう思うでしょ、オトメちゃん!」
「や、えっと……」
声高に主張を繰り広げる陽莉に、たじたじとなる女生徒。
長い黒髪をツインテールのおさげ三つ編みにし、黒縁眼鏡をかけた見るからに陰キャ……ではなく文学少女といった風体の少女だ。
そんな文学少女に向かって、陽莉は立て板に水のごとく主張を続ける。
「作者にとって作品は我が子も同然だっていうのに、こんな仕打ちは許せない! でも大丈夫だからね、オトメちゃん! 配役変更はあくまで作者の許可がなければ諦めるって話だから、オトメちゃんがガツンと言ってくれれば――」
「ま、待ってください陽莉さん! 私は気にしてませんし、皆さんの言うことも分かりますから……」
思わぬ剣幕の陽莉を慌てて止める文学少女。
「そ、そりゃ例の事件から惣真くんをモデルにした作品だったので、惣真くんがカッコよく演じてくれたら嬉しかったですけど……。で、でも大衆受けを気にして主人公を精悍な男性にしちゃったのは私だし、皆さんがイメージと違うと感じるのは仕方ないかなって思うので。な、なので気にしないでください陽莉さん」
「でも……それじゃ気がすまないよ。ごめんね、オトメちゃん」
「あ、謝らないでください! ホントにもう大丈夫ですから! そ、それに私も改めて推敲し直して反省してたところだったんです。あの物語じゃ惣真くんの魅力の一面しか描けていない。い、今から思えば明らかに私の力不足です……」
「そ、そうなの? でも、あんなに出来が良かったのに……」
「――いいえ、全然ダメですっ!」
先ほどまでとは打って変わって、今度は文学少女が声を荒立て始める。
「あれでは照さま……じゃなくって惣真くんの魅力の半分も描けていません! 騎士のような勇ましい心を持ちながら、体は小柄で小動物のような愛らしさがあり、さらには頭脳は明晰でどんな悪も見逃さない! そして何より少年の溌溂さと少女の可憐さを併せ持つジェンダークィアなアイドル性! それこそが照さま……惣真くんの魅力なんです! 分かりますか? 分かりますよね!?」
「ち、ちょっと……オトメちゃん……?」
突然ボルテージを上げ照の魅力について力説し始めた文学少女に、思わず怯んでしまった様子の陽莉。
と、そこへ――。
「どうしたの陽莉、何やってるの?」
――そう言いながら現れたのは照だ。
先ほど二人を見かけた後、気になって食堂の中までやって来たようだ。
「あ、テルちゃん」
「何かボクの名前が聞こえたけど……何の話してるの?」
「えっと、今、彼女と劇の配役について話をしてて……」
近づいてくる照に対して陽莉は普通に返事をする。
だが、もう一人の女子生徒は――
「はわわわっ! て、照さま!?」
「……へ? 照さま……?」
突然慌て始める文学少女と、呼ばれたことのない敬称に思わず聞き返してしまう照。
「い、いやそのあのっ……あぅうぅう……」
驚く照に対し、赤面してうつむき黙り込んでしまう彼女。
見覚えはないのに自分の名前を知っている少女に、照が(この娘誰だろう?)と頭をひねっていると――
「そういえば二人って、まだ直接の面識はなかったよね」
――と、横から陽莉が紹介を挟む。
「彼女は同じラノベ部の部員で、影文乙女さん。同じ一年で、あの劇の台本を書いた作者さんだよ」
「へー、そうなんだ。あの脚本を書いた人か」
その少女の正体を知り、改めて照は彼女に向き直る。
「はじめまして影文さん。ボクは陽莉の幼馴染の惣真照……って、大丈夫? 何だか真っ赤なんだけど……?」
「あわわっ、あわわっ! はうぅ……はぁっはぁっ……」
だが彼女――文学少女改め影文乙女は、どうやらそれどころではないようだ。
(め、目の前に照さまが! カワイイ! カッコいい! ど、どうしよう!)
赤面しハァハァと息を切らす乙女の様子は、まるで推しアイドルにでもあったかのようだ。
だがそれもそのはず、彼女にとって照は憧れの存在で、照が主人公の台本を書いてしまうほど大好きな相手なのだ。
「えっと、乙女さんだっけ? ホントに大丈夫?」
「どうしたのオトメちゃん? 何があったの?」
心配を始める照と陽莉に、慌てて乙女は言い訳する。
「だ、大丈夫です陽莉さん! ただちょっと憧れが過ぎるというか、緊張で心臓が痛くて死にそうなだけだから!」
「え、それホントに大丈夫なの?」
だがさらに照を不審がらせてしまい、乙女は何とか立て直そうとする。
(ダメよ乙女! このままじゃ変な子だと思われちゃう! 落ち着いて……)
何度か深呼吸をし、気持ちを落ち着けようと――
「大丈夫? もしかして熱でもあるんじゃない?」
――ピトッ。
乙女の額に置かれた、憧れの存在である照の手の平。
照にとっては他意のない、ただ熱を測ろうとする行為。
「――――――――っ!!!」
だが乙女にとっては想いもよらない行動で、思わず声にならない悲鳴をあげる。
「うん、熱はないみたいだね」
(照さまの手が……手がぁあああああっ!)
そして――
「はひゅうううううううう……」
――喜びが許容量を超えてしまった乙女は、そのまま机にへたり込んでしまうのだった。
「へ? あれ? ちょっ、乙女ちゃん!?」
突然倒れ込んでしまった乙女に慌てふためく照。
と、そこへ――