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5-8話 悪役令嬢の狂気

 二十万の軍隊がザワザワと騒めき出し、整列していた陣形がバラバラと崩れていく。

 城門が開かれ、城下町に戻る者たちや、周囲の村や町へと戻っていく者たち。

 ゆっくりとだが、蜘蛛の子のように散り散りに、人々が辺りへと散っていく。

 アインノールド軍が有象無象の集団へと変わっていく様子を、対峙するイストヴィア軍の戦闘で見守る者たちがいた。


「間違いない、敵軍が崩壊しはじめてるね……」


 そう呟いたのはイストヴィア公爵軍を率いる魔法騎士団長・(ミオ)だ。


「……どうやらこの手紙に書かれていることは本当みたい。(タケル)のやつ、いったい何をやったのよ?」

(ミオ)さん、(タケル)って……」


 耳ざとく聞きつけた剣人(ケント)(ミオ)に尋ねる。


「その手紙の差出人、ひょっとして陽莉(ヒマリ)の兄の(タケル)さんなんですか?」

「ええそう、四年前、私やレンジと一緒に転移してきたもう一人の日本人。キミの友人のお兄さんだって話ね」

「はい、そうです。まだ会ったことはないんですけど……。それで(タケル)さんからどんな手紙が?」


 剣人(ケント)に問われ、(ミオ)は先ほどハーピーから渡された手紙を広げる。


「手紙の内容によれば、敵軍は全員がウェルヘルミナの[隷属魔法]で支配されていたようね。さらに(タケル)はその根源である魔法装置を破壊しに行くと書いてあった。だから今の状態は、おそらくそれが成功して、相手の軍勢の『隷属魔法』が解けた状態なのでしょう」

「えっと……つまり……?」

「つまり、戦争は回避されたという事ね。今すぐ貴方の大事な人を助けに行くことも可能だよ」

「ホントですか! よ、よかったぁ~」

「ともかく、こうしてはいられないよね」


 ホッと胸をなでおろす剣人(ケント)

 (ミオ)は周りの兵に檄を飛ばす。


「全軍前進! ただし敵軍はすでに戦意喪失している、攻撃はするな! 民衆を誘導し、あの大軍を解散させなさい!」


「「「はっ!」」」


 (ミオ)の指示に従って、兵たちはきびきびと動いてゆく。


 その様子に――


(よかった、これで(テル)が助けられる)


 ――と、ホッと胸をなでおろす剣人(ケント)

 そのとき――。


「な、何だあれは!」


 兵士の一人がそんな声を上げた。

 彼の指さす方向を見ると、散り散りに二十万の群衆の真ん中に大きな影が見えた。

 突如として現れた、その白く巨大な姿の正体は――


「――ド、ドラゴンだぁー!」


 * * *


 ――ドラゴンが現れる少し前。

 アインノールド城最上階にあるバルコニーで――。


「ど、どういうことですの!

 どうしてわたくしの[隷属魔法]が消えてしまっていますの!」


 思いもよらない状況に、ウェルヘルミナは体面も構わず大声を上げていた。


「長年積み上げてきたわたくしの努力が……こんな一瞬で……」


 打ちひしがれ、その場に崩れ落ちるウェルヘルミナ。

 そこへ――


「もうやめましょう、ウェルヘルミナ様」


 執政官として控えていた女性が声をかける。


「ウェルヘルミナ様、諦めて降伏いたしましょう。異世界転移の邪魔をし、王国を裏切る罪を犯したとはいえ、公爵である貴女様が自ら投降すれば命までは取られないでしょう。お願いしますウェルヘルミナ様、どうか――」


「――黙りなさい!」


 部下の提言を遮ると、ウェルヘルミナはヒステリックに叫ぶ。


「何様だと思っているの貴女! またわたくしに意見するなんてもう許せませんわ! 今度は貴女が死になさい! 今すぐ死ね!」

「……お言葉ですがウェルヘルミナ様」


 首を横に振り、兵士はウェルヘルミナに現実を突きつける。


「[隷属魔法]が切れた今、貴女様に従う者がいると思っておいでですか?」

「――――っ!」


 言われてウェルヘルミナは周囲を見回した。

 周りに控えていた兵士たちが、ウェルヘルミナの様子を伺っている。

 [隷属魔法]で絶対服従の奴隷であった彼女たち。

 それが今は、全員が敵意のこもった目でウェルヘルミナを見ていた。


「降伏いただけないのなら仕方ありません。では我々はアインノールドの領民としてではなく、グレイス王国の国民として貴女を逮捕させていただきます」


 そして部下であったはずの兵士たちに取り囲まれるウェルヘルミナ。

 もはや絶体絶命といった状況に、彼女は――


「……フッ……フククッ……」


 ――昏い笑い声を漏らす。


「アーッハッハッ! この愚民ども!  わたくしの命令が聞けないのなら、全員殺して差し上げますわ! ――サモン!」


 憎しみのこもった目で兵士たちを睨みつけると、ウェルヘルミナがスキルを使う。


====================

[サモン]

 [隷属魔法]レベル5の魔法。

 魔法陣で従魔を離れた場所から呼び寄せる。

====================


 その瞬間――。

 ウェルヘルミナの周囲にいくつも闇の魔法陣が現れ、そこからオークやコボルトといった魔物たちが姿を現した。


「なっ? 魔物!」


 現れた魔物は数十匹と、兵士たちよりも明らかに数が多い。

 思いもよらない展開に、兵士たちの間に動揺が走る。


「さあ行け、お前たち! 皆殺しにしろ!」

「「「グォオオオオオオオオ!」」」


 ウェルヘルミナの合図に、魔物たちは雄たけびを上げ兵士たちに襲い掛かる。


「きゃぁあああっ!」

「わぁああああっ!」


 悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち。

 その様子を見たウェルヘルミナが、愉悦の表情で嘲笑う。


「アハハハハッ! 死になさい、わたくしに逆らう愚か者ども!」


 そしてその悪意は、城の外の十万の民衆にも向けられる。


「お前たちも、この土壇場で我に返る役立たず共ですわ」


 バルコニーから群衆を見下ろすと、憎悪を込めて吐き捨てる。


「愚民どもは死ねばいい、全員死ねばいいのよっ! ――サモン!」


 ウェルヘルミナが再びスキルを使うと、今度は二十万の群衆の中心に巨大な闇の魔法陣が出現した。

 そして――。


「きゃあああああっ!」

「ひぃいいいいいいっ!」


 逃げ惑う民衆を押しつぶすように、巨大な白い影が出現する。

 体高10メートルを優に超す、三階建てのビルほどの大きさの巨躯。

 全身が真っ白な鱗で覆われ、恐竜のような姿に大きな羽根の生えた姿。


 ――ギャオオオオオオオオオンッ!


 それは、魔物の中でも最強と呼ばれる存在、ドラゴンであった。


「フハハハハ――――ッ! これがわたくしの奥の手! 死ね! 死ねぇっ! みんな死んでしまえばいいのよ! アーッハッハ――――ッ!」


 阿鼻叫喚する部下や民衆を眺め、狂ったように高笑いをするウェルヘルミナ。

 彼女の狂気が、この都市と戦場を包み込みはじめていた――。

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