5-7話 崩壊の原因
――ノルド城の地下、石の階段を降りた先にある牢獄。
「なっ! どうなっている?
まさかこれは……!」
そんな驚きの声が、牢獄へ続く狭い廊下に響き渡った。
声の主は、牢獄の入り口に立っている見張りの女兵士だ。
牢屋の中にいた朔夜と鈴夏は、その声を聞きつけ鉄格子の間から外の様子を伺う。
「ねぇ、看守さん。先ほど大きな声を上げていたようだけど、何かあったのかしら?」
「どうもこうもない! 私に掛けられた[隷属魔法]の効果が切れて……い、いや」
朔夜の問いに思わず答えそうになった女兵士は慌てて言い直す。
「何が起きてるか分からないから、私は様子を見に行ってくる! お前たちは大人しくしていろ!」
そう言い残して、見張りの女兵士はどこかへ行ってしまった。
「……どうやら上の階で何か問題が起こっているようだな。これは脱獄のチャンスか?」
鈴夏はそういうと、兵士の出て行った扉の横の壁を見る。
そこには鉄製のフックがあり、牢屋の鍵が束になって掛かっていた。
「あの鍵を何とか取れればいいのだが……」
「さすがに無理ね、遠すぎるもの。せめてスキルが使えればいいのだけれど……」
そう言って朔夜は自分の首に手を当てる。
そこには小さな黒い石が装飾された、細い金属の首輪が嵌っていた。
「スキルキャンセラー。この首輪型の魔道具を付けられている限り、私たちはスキルを使えないかしら」
「門番が男なら色仕掛けもできたんだが、この城の兵士は女しかいないからな。何とか他に抜け出す方法はないものか……」
考えを巡らす鈴夏に対し、朔夜は慌てる様子もなく肩をすくめる。
「……まぁ慌てることはないわ鈴夏さん。前にも言ったけれど、きっと照くんが助けてくれるでしょうから」
「……そうは言うが朔夜、キミは彼が本当に戻ってこれると思っているのか? 非常に残念だが、私には生き残ることすら難しいように思うのだが……」
「大丈夫、言ったでしょう鈴夏さん。彼は探偵、謎が解けるまでは無敵なのよ」
「いや朔夜、それは創作の中だけの話だろう……」
呆れた声をあげる鈴夏。
と、そこへ――。
「そうですよ朔夜さん。現実と架空の物語をごっちゃにするのは良くないです」
「何を言うの照くん? 現実だろうが創作だろうが、探偵というのはいつだって――って!?」
突然会話に加わってきた声に、朔夜と鈴夏は慌てて牢の外を見る。
鉄格子の向こう側には――
「助けに来ましたよ朔夜さん、鈴夏さん」
――城の兵士に扮した照が、笑顔で立っていた。
その手には、壁に掛けられていた牢屋の鍵の束が握られている。
「今すぐ鍵を開けますから少し待ってください」
「照くん……どうして貴方がここにいるのかしら? それにこの騒動、いったい何が起こっているの?」
「それは尊兄ちゃん……えっと……以前話した『高校生神隠し事件』の被害者で、四年前に転移してきた内の一人に偶然会って、助けてもらったんですよ」
「四年前の転移者? その人はどこに?」
「ボクをこの城に送り届けた後、別行動をとってます。尊兄ちゃんなら今頃――」
* * *
――照が朔夜たちを牢獄から助け出すよりも少し前。
城郭都市アインスノーに隣接する森の中の湖、その中心にある浮島に建てられた神殿。
照たちが成人の儀を行い、ジョブを授かった場所だ。
「クワァアアアアア!」
その神殿の上空を、雄叫びを上げるグリフォンが飛んでいる。
その様子を見上げながら、神殿の警備兵たちが右往左往していた。
「なっ、なんでグリフォンがここに!」
「おい、人が乗ってるぞ!」
旋回するように飛んでいたグリフォンは、次第に高度を下げ神殿の前に着陸した。
さらにグリフォンの背中から人影が舞い降りる。
それは――陽莉の兄であり[勇者]のジョブと[おっぱい星人]の称号を持つ転移者、瀬名尊だ。
「き、貴様、何者!」
「ここをアインノールド家の神聖な場所と分かっているの!」
警備の女性兵たちが尊に対峙する。
その兵士たちに向かい彼がスキルを発動させる。
「[精霊魔法Lv.6]惑わす闇!」
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[惑わす闇]
[精霊魔法]レベル6の魔法。
闇の精霊の力を借りて幻覚を見せる。
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その瞬間、兵士たちの顔を黒い闇が包み込んだ。
「ひぃいっ! 何よこの化け物は!」
「ど、どうして死んだママが……!」
「きゃーっ! 金よ、金が木になってるわ!」
「ウへへ……筋肉しゅごい……筋肉しか勝たん……」
目を覆う黒い闇によって、それぞれ幻覚を見せられる女性兵士たち。
泣いたり笑ったり悲鳴を上げたり、そのリアクションは様々だ。
そんな兵士たちを放置して、尊は神殿へと入っていく。
迷いない足取りで神殿を進み、照達が誓いの儀をさせられそうになった部屋へたどり着く。
部屋の中心にはあの[隷属の魔法陣と支配の祭壇]があった。
ウェルヘルミナが領民たちを操り、物言わぬ軍隊へと変えてしまった根源となる装置。
「闇の魔法陣……間違いない、照の言っていた装置はこれだな」
どうやら尊の目的はこの装置のようだ。
「どうやら使用者限定の『|失われた魔道具《ロストアイテム』のようだな。さすがにこの術式を乗っ取るのは不可能だろう。けど――」
尊は剣を抜くと逆手に持ち替え――
――ガキィンッ!
――その刃を魔法陣の真ん中に突き刺した。
「――まぁ破壊するくらいは出来そうだ」
突き刺した剣を通じて魔力を魔法陣に流し込んでいく尊。
「隷属魔法、発動――!」
流し込まれた尊の魔力によって、魔法陣に構築されたウェルヘルミナの術式が塗り潰されてゆく。
そして――。
――パリィインッ!
――ガラスの割れるような音が響き渡り、ウェルヘルミナの術式がはじけ飛んだ。
ウェルヘルミナによる領民の奴隷化、それが今、無効化されたのだ。
「うっし、こんなもんだな!」
目的を果たした尊は、誰もいない部屋でドヤってみせるのだった。




