1-5話 まるで有能編集者かのような理詰め
とある日の午後のホームルーム授業。
照たちの教室ではクラス会議が行われていた。
議題は『文化祭の催し物』について。
まとめ役はクラス委員を務める剣人だ。
「投票数は演劇が二十票、喫茶店が十票、ダンスが五票――。ちっ、陽莉の演劇が選ばれちゃったか……」
一人教壇に立ち、集められた投票用紙の集計を終えた剣人。
どうやら彼にとって臨んだ結果ではなかったようだが、舌打ちしつつも粛々と会議を進行していく。
「仕方ない……。――というわけで皆さん、文化祭でやるクラスの催し物は、この『異世界転生したら運命の~』ってタイトル長いな。略してこの『異世界騎士』の演劇に決定しました!」
剣人がそう宣言すると、パチパチパチパチと周囲から拍手が上がる。
「うん、いいんじゃない」
「このオリジナルの脚本が意外といいよね~」
「うんうん、王道だけど泣ける話だよな~」
クラスメイト達にも、陽莉の持ってきた台本は好評のようだ。
「よ、良かったぁ~」
望んだとおりの結果にホッと胸をなでおろす陽莉。
そして照も「よっしゃキター!」とガッツポーズだ。
(これで配役がボクと陽莉に決まれば、陽莉とキスシーンが……)
照がそんな皮算用をしている間にも、剣人が会議を進めていく。
「劇に決まったという事で、続いては配役を決めたいと思います。何か提案がある人は……」
「はい!」
元気よく手を上げたのは陽莉だ。
「はい陽ま……じゃなくて瀬名さん」
「この脚本を書いてくれた作者の希望で、お姫様役をアタシが、主人公の騎士をテルちゃん……じゃなくて惣真くんに演じてほしいそうです」
陽莉が作者の想いを代弁すると、周囲のクラスメイトたちがザワザワし始める
「惣真くんが主人公……?」
「たしか惣真くんのジェンダーって……」
「だけど見た目は可愛い女の子だし、騎士って感じじゃ……」
どうやらクラスメイト達は、照が主人公を演じることに疑問を抱いている様子。
「やっぱり惣真くんじゃ、この主人公のイメージには合わないんじゃない?」
「瀬名さんがお姫様は適役だと思うけどねぇ……」
ちなみに今日の照も制服ではなく、男の子のようなファッションの私服を着ている。
とはいえ見た目だけで男だと判断する人はなかなかおらず、あくまでボーイッシュな女の子に見えるだろう。
「ちょっと待ってくれ、瀬名さん」
疑問を持ったクラスメイト達を代弁するように、剣人が陽莉に待ったをかける。
「……? どうしたのケンちゃん?」
「この主人公は男でしかも無骨な騎士なんだ。だったら照……惣真くんではなく、誰か他の男子が演じるべきじゃないか?」
「え、でも作者の子が……」
「確かに作者の意向は最大限に考慮されるべきだろう」
そう陽莉に一度賛同しておいて、「だが――」と剣人は話を切り替える。
「作者の意向に唯々諾々と従ったからといって、必ずしも面白いものができるとは限らないんじゃないか? それでもし劇のクオリティが落ちるのであれば、きちんと反論するべきだと思う」
「そ、それは……」
「作者の言いなりになるのではなく、言うべき意見は言って作者と共に作品を作り上げる。それが正しい俺たちの姿勢じゃないのか?」
「で、でも……」
「少なくとも周りはこのキャスティングに違和感を持っているんだ。このことを作者に伝え、再考をお願いするくらいは構わないだろう?」
「うぅっ……」
まるで有能編集者かのような理詰めで反論してくる剣人。
それに説き伏せられてタジタジとなる陽莉。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
言いくるめられそうな陽莉に助け舟を出そうと、照は慌てて二人の間に割って入った。
「……なにかな、惣真くん?」
「男役だから男が演じなければならないなんて、そんなものは固定観念でありジェンダー差別だ! ポリコレ全盛の今、そんな男女の違いなんてあっちゃいけない! 配役はジェンダーで区別せず平等にチャンスを与えるべきだよ!」
「……うん。確かに今は男女差別や性的偏見に厳しい時代になったよね」
照の意見に一度は賛同するものの、剣人は「だけど――」と反論の言葉を続ける。
「白人の役を白人が演じたり、黒人の役を黒人が演じるのが自然なのと同じように、男性が男役を演じるなんてごくごく当たり前のこと。それを差別だと叫ぶのはただの詭弁じゃないかな」
「そ、それは……」
「それに対して男性の役を、性自認はともかく生物学的には女性である人物が演じるのは、やはり一般的な事ではないと思わないかな?」
「で、でも……えっと……」
照は必死に言い訳を探す。
「……そ、そうだ! 日本には女形と言って、演芸で男性が女性を演じる文化があるじゃないか! そ、それに宝塚歌劇団は女性が男性を演じているだろ?」
「ああ、そういう文化は確かにあるね」
「だろ? だったら異性の役を演じるというのは、世間一般に通用する文化だと言えるんじゃないのか?」
「……いや、残念だけどそうは思わないな」
だが剣人は、照の必死の弁明をバッサリ切って捨てた。
「女形は『女性が舞台に上がることを禁じられた時代』があったから生まれた文化だし、宝塚は『未婚の女性だけで構成された歌劇団』という歴史的な背景がある。そういう特殊な事情を例に挙げて、一般的な価値観と主張するのはこじ付けが過ぎるんじゃないかな」
「で、でもボクだって男で……」
「ちなみに俺や周囲が反対している理由はジェンダーではなく、あくまで照の見た目が主人公に合っていないという点だ」
「そ、そんなことない!」
「いいや、あるね。照の小柄で可愛く活発的な見た目は、まるで子猫のような愛らしさと天使のような清らかさを感じさせる美少女にしか見えないじゃないか」
「男らしくなりたいボクにとって、それは何よりの侮辱だ!」
「侮辱? これは客観的な事実だよ。そんな照に対して、男でしかも無骨な騎士という主人公のイメージには合わないと、大多数の者はそう思うだろう」
「うっ……だ、だけど……」
「そもそも――」
長い論争に終止符を打つべく、トドメを刺しにかかる剣人。
「演劇とは観客を楽しませるもの。だとしたら作り手側の独りよがりな表現ではなく、観客と共有できる価値観を提供できなければいけないとは思わないか? そう考えた場合、女性が男役を演じるなんて演出はトリッキーだし、よほどの理由がない限り避けるべきだと思うぞ」
「うぐっ……」
「もしこの作品がLGBTQをテーマに掲げていたのなら、俺も照が主演を演じることに何の文句もなかったさ。だがこれは男らしい騎士がか弱い姫を助けるという、今なら批判されかねない古い価値観で描かれた王道でベタな冒険譚だ。そこに『異性を演じる』という意義は何もないと思わないか?」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
ついに何も言い返せなくなった照。
どうやら舌戦は剣人に軍配が上がったようだ。
(剣人め、まるで準備してたかのようにスラスラと理詰めで攻め立ててきて……体育会系のくせに何て理屈っぽい奴だ!)
悔しそうに顔をゆがめる照。
対照的に剣人は得意げな様子。
(フッフッフ、完璧だ。陽莉の劇がクラスの催し物に選ばれた時の事を見越して、照の主演を阻止するために理論武装してきたからな。その結果――見ろ、この圧勝っぷりを!)
どうやら剣人はこうなる事を予想して準備してきていたようだ。
(照は昔から自分を男だと言ってるけど、俺にとっては初恋の相手。今でも照は俺のお姫様なんだ。だから――たとえ相手が陽莉とはいえ、俺以外のヤツとイチャイチャする劇なんて、絶対に阻止してやる!)
剣人が心の中でそんな決意を固めていると――
「はーい、提案でーす!」
――と、一人の女子生徒が手を上げた。
「それじゃ主人公は櫻井くんが演じればいいと思いまーす!」
「え、俺が?」
思わぬ提案に戸惑う剣人。
だが周囲からは賛成の声が上がる。
「あー、それ賛成かも」
「櫻井くんカッコいいしねー♥」
クラスメイトからの推薦に、剣人は「うーん」と頭をひねる。
(……待てよ? 俺がこの提案を受け入れれば、照の主演を阻止できるのか)
そのことに思い当たった剣人は(だったら――)と決意し口を開く。
「――分かった。みんなが推薦してくれるなら、俺が主人公に立候補するよ」
「ぬぁっ!?」
その返答に思わず驚きの声を上げた照。
だがクラスの空気は賛成の雰囲気で――
「やったぁっ! これで櫻井くんの王子姿が見れるよ!」
「櫻井くんと瀬名さん、美男美女でお似合いじゃないかな」
「これなら文化祭成功間違いなしだな!」
――そんな歓迎ムードが教室中を漂う。
もはや割って入れる空気ではない事に、照は思わず臍を噛む。
(お、おのれ剣人! 絶対に許さないからな!)