3-8話 私は恋する人の味方だから
今回で三章終了です。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
転移者たちがやって来たこのグレイス王国には、四大公爵家と呼ばれる貴族の名家がある。
剣人たちが転移してきた地を収めるイストヴィア家 、そしてスターレット家、ガルブレイス家、さらに照たちが転移してきたアインノールド家の四家だ。
だがそうなったのは二百年ほど前からで、それまで四家ではなく三家だった。
元々の三家は三大公爵家と呼ばれており、その歴史はグレイス王国の建国まで遡る。
――約五百年前、現在のグレイス王国があるこの地は魔物の跋扈する不毛の地であった。
そんな不毛の地を開拓し、国を興した四人の英雄がいた。
不敗の白騎士――ロイ・フォン・スターレット。
殲滅の大賢者――セドリック・ド・ガルブレイス。
神託の巫女姫――グレイス・オブ・イストヴィア。
そして、転移者であり建国の英雄王と呼ばれた――ヨシヒコ・メイジ。
彼らはこの地に住まう強大な魔物を全て倒し、安息の地を求めていた人々と共にこの地に王国を建国した。
そのときに生まれたのが三大公爵家だ。
不敗の騎士ロイの血を引く――スターレット家。
殲滅の大賢者セドリックの血を引く――ガルブレイス家。
神託の巫女姫グレイスの血を引く――イストヴィア家。
そして建国の英雄王ヨシヒコは、神託の巫女姫グレイスと結婚してイストヴィア家に婿入りし、三家をまとめる国王となった。
ちなみにグレイス王国という国名は、王妃となった巫女――グレイス・オブ・イストヴィアの名前から付けられたそうだ。
そしてそれ以降、代々イストヴィア家の血を引く者から国王が選ばれるのが慣例となり、イストヴィア家が三大公爵家の筆頭となった。
それが五百年前にあったグレイス王国建国譚だ。
その三大公爵家が一つ増えて四大公爵家になったのは、その建国より三百年後、今から約二百年前の事。
四家目の公爵家の前身は、当時グレイス王国に隣接していた小国――アインノルド王国だ。
百五十年前の当時、アインノルド王国は度重なる不作と失政により滅亡の憂き目にあっていた。
そんな困窮する王国に助け舟を出したのが、隣国であるグレイス王国だ。
その方法が――国の併合。
崩壊寸前だったアインノルド王国を吸収合併し、アインノルド王家をアインノールド公爵家として迎え入れることで、グレイス王国は隣国を滅亡から救ったのだ。
これがグレイス王国が、三大公爵家から四大公爵家になった経緯なのだが……。
* * *
「――とまぁ、そういう経緯があるから、元々あった三大公爵家と比べ、アインノールド公爵家は一段低く見られがちらしいんだよ。由緒正しい三家に比べて新参の公爵家って事でね」
そう言って蓮司が状況の説明を続ける。
「それに不満を覚えた前当主が、反乱を企てたのが五年前だ。俺たちが転移してくるより一年ほどの話だな。当時の当主は残りの三大公爵家に対抗すべく、異世界から力有る転移者を呼び出すため、領民を生贄にした召喚の儀式を行おうとしていたらしい。だがそれを事前に察知した他の公爵家によって、計画は未然に防がれ、当主は国家反逆罪で処刑されたのさ」
それが五年前の顛末――。
「そして当時は十三歳、成人したばかりの当主の娘、ウェルヘルミナ・ディ・アインノールドが爵位を受け継いだんだが……。どうやら娘も野心の強い人間だったらしくてな。色々やらかしてきたみたいで、今じゃ『悪役令嬢』なんて呼ばれてるくらい腹黒い奴なんだよ。しかもどうやらここ最近、特に不審な行動が多く見受けられていたそうだ。だからクニミツのおっさんも警戒して厳重に監視していらしいんだが……残念ながら未然に防ぐことはできなかったようだな」
その後、蓮司が語った説明をまとめると――。
昨日送られてくるはずだった八人の転移者、その内の半分が行方不明になっている問題。
それを引き起こしたのがその、アインノールド公爵である『悪役令嬢』ウェルヘルミナだという。
本来であればイストヴィア城の魔法陣へと導かれるはずの転移者を、十年前に使われなかった召喚の魔法陣を利用して、異世界転移の流れを捻じ曲げて自分の領内へと引き入れたようだ。
この状況に、もはや彼女の父親、前アインノールド公爵と同じ国家反逆罪として罰する以外にないと判断、今はウェルヘルミナの逮捕もしくは処刑が王命として下されたらしい。
そのためアインノールド公爵領に隣接するこのイストヴィア公爵領から、討伐軍が派遣されることとなったのだ。
「それでいまから出兵の準備をするらしく、クニミツのおっさんがオレと澪にも参加しろってさ。どうやら俺の銀槍騎士団とミオの魔法騎士団に先陣が命じられるようだぜ」
「なるほど……それがいいよ。何といっても今回は異世界転移者の命がかかってるんだから、同じ転移者である私たちが適任だって」
そんな蓮司と澪の会話。
聞いていた剣人の心臓が跳ね上がる―。
(戦争――! しかも奪われた転移者の中には、もしかしたら照がいるかもしれない!?)
「そういうわけだからごめんなさい、三人とも。しばらく貴方たちの相手をしている余裕がなくなったわ。戻ったら色々教えるから、それまで待機を……」
「待ってください澪さん!」
三人を置いて去ろうとする澪と蓮司を剣人が呼び止める。
「どうしたの剣人くん?」
「澪さん、オレ……」
剣人は急いで思考を巡らせる。
(陽莉の事は心配だけど、この城にいる限り危険は無いだろう。それよりも今は……)
決意を込めた目で澪に詰め寄る剣人。
「オレも……! オレも連れて行ってください、澪さん!」
「連れて行けって……もしかして戦争に?」
「……ああん? 何言ってんだ新入り?」
驚く澪の横で、蓮司が剣人に対して睨みを利かせる。
「戦争だっつってんだろ? 舐めてんのかテメェ?」
だが剣人も一歩も引かずに蓮司に食ってかかる。
「お願いします! 残りの転移者の中に、オレの大切な人がいるかもしれないんです!」
「ふざけんな! レベル1のお前なんか連れていけるか!」
「本当に大切なんです! 大好きな相手なんです! お願いです、連れて行って下さい!」
「だーかーらーっ!」
険悪な雰囲気になっていく剣人と蓮司。
「……待って蓮司!」
そんな二人の間に澪が割って入る。
「剣人くん……。キミ、その子の事がそんなに好きなの?」
「はい! オレは……照に何かあったらもう生きていけません!」
「そう、そこまで……。分かったよ剣人くん。私が貴方をその子のところまで連れて行ってあげる」
「本当ですか澪さん!」
心強い澪の言葉に剣人が喜色の声を上げた。
「ちょっ、待てよ! おい澪、お前いったい何を考えて……?」
蓮司が慌てて澪を制そうととするがもう遅い。
剣人の照に対する一途な想いを聞いて、澪の眼はすでにハートマークと化している。
「大丈夫、任せてケントくん! 私は恋する人の味方だから! 必ず愛する人の元に、貴方を送り届けてみせるわ!」
「ありがとうございます、澪さん!」
そんな澪のお節介モードに、蓮司は「おいおい、マジかよ……?」とあきれた様子だ。
ともかくこうして剣人は、討伐軍に紛れて照のいるアインノールド公爵領に向かう事となるなったのだが……。
(照……待ってろよ。今迎えに行くからな……!)
……残念ながらこの時の剣人はまだ知らない。
その愛する照がTS転移して今は男になっているという事実を――。
しかも探偵になって悪役令嬢の秘密を暴き、そのせいで追放されてしまっているという事を――。
はたして――二人は無事に再会できるのだろうか?
――第四章へ続く。
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