3-2話 古典的な方法で現実を知る
立派なお城の一角に大きな祭壇があった。
一辺が25メートルほどの正四角形の上に、巨大なレンガが積み上げられたそれは、ピラミッドの上から半分を切り除いたような切頭錐体をしていた。
その上面中央には、怪しげに光る魔法陣――。
直径10メートルはあるその大きな魔法陣を、数名の法衣の様なものを着た巫女らしき女性と、中世ヨーロッパ風の甲冑を着た大勢の兵士たちが取り囲んでいる。
そして――その魔法陣が輝いたかと思うと、光の中から滲み出るように人影が現れた。
周囲の兵士たちから「おおっ!」というどよめきが起こる。
(……あれ? ここどこ?)
その人影の正体は剣人だ。
(なんだか映画のセットのようなお城だけど……まだ夢の続き?)
魔法陣の上に倒れ込んだまま呆気にとられている剣人。
そんな剣人の方へ、兵士たちの先頭にいた、ひときわ立派な衣装をまとった大柄の男が歩み寄る。
「グレイス王国へようこそ、四人目の転移者どの。我はクニミツ・オブ・イストヴィア公爵。其方の来訪を歓迎する」
「は……はぁ……」
そう言って剣人に手を差し伸べてきた、自分を公爵と名乗ったその男。
大柄で短い金髪に顎髭を蓄え精悍な目つき。
年は四十代後半なのだが、まだアラサーと言っても充分に通用するだろう壮健な肉体。
公爵と言えばヨーロッパにおける貴族階級の一番上の爵位で、つまりは為政者のはずなのだが……彼はどちらかといえば熟練の戦士といった風格を感じる。
その公爵さま――クニミツが差し伸べた手取ると、剣人は体を引き起こされた。
「さぁ転移者どの、付いてきたまえ」
剣人を立たせた公爵は、そのまま彼を先導するように歩き出す。
その様子と、実感のある手の感触に剣人は――
「……あれ? これって……夢じゃないの?」
――ようやくこれが現実だと分かり始めたようだ。
そのまま歩き始めたクニミツ公に、剣人は慌てて付いていく。
公爵様直々の案内で、まるでヨーロッパの歴史映画に出てくるような、豪華な城の中を連れられる剣人。
歩きながらこの世界についてレクチャーを受ける。
「……と、これが異世界転移というものだ。分かってもらえたかな?」
一通り説明を受けた剣人は、次第に状況が理解できはじめていた。
(……つまり照と陽莉が好きなラノベみたいな展開が、本当に起きちゃったって事か? この風景、夢にしちゃリアリティがあり過ぎだもんな……。これはもう夢じゃなく現実だと受け入れるしか……いや待てよ?)
まだ認められない剣人は、何とか現実逃避できる道を探す。
(今の時代、実写と見間違うようなグラフィックのゲームだってあるし、最新のAIは現実みたいな絵や動画を作ったりするじゃないか。だったらこれが夢だという可能性もまだワンチャン……)
悩める剣人を励まそうと、公爵様がバンバンと背中を叩く。
「何だ、落ち込んでおるのか? ガッハッハ! 元気を出せ若人よ!」
「イタッ! せ、背中痛いっす……」
背中をさすりながら剣人はふとあることに気づく。
(――はっ! 痛いということは、やっぱりこれは夢じゃない!?)
何とも古典的な方法で現実を知る剣人であった。
「そうだ、ケント殿。ついでに今いるこの城の事も説明しておこうか」
そう言うクニミツ公の説明によると――。
ここはグレイス王国と呼ばれる異世界の王国の一地方であるイストヴィア公爵領。
その主都である城郭都市イストヴァードの中心に建つ、公爵の住居でもあるイストヴィア城――それが今、剣人たちのいる場所らしい。
「――とまぁ、いきなり言われても覚えきれんと思うがな、ガッハッハ!」
「あの……一つ聞いていいですか?」
「うむ、何だ? 何でも聞いてくれ」
「俺たちってその……元の世界には戻れるんですか?」
「……残念だが元の世界に戻った転移者の話は聞いたことが無いな」
「そう……ですか……」
(じゃあもう家族には会えないのか……。それに……照にも……)
落ち込む剣人を見て、優しく声を掛ける公爵様。
「大変だとは思うが、元気を出せ。こちらで不自由しないよう我々が手を貸そう。ところで……お主の名前は何というのだ?」
「えっと……櫻井剣人です。こ、公爵様?」
相手が偉い人だと分かり、使い慣れない敬称を使う剣人。
「公爵ではなく、我の事はクニミツと呼ぶが言い。ケント殿――がこちらのファーストネームでよかったかな?」
「あ、はい、剣人が名前です。それにしてもクニミツ様って……なんだか日本人みたいな名前ですね」
「この地は伝統的にニホンからの転移者が多くてな。王家や貴族の血筋にも多くの転移者の血が入っている。だから我がイストヴィア領では、子にニホン人風の名前を付ける者も多いのだよ」
「……そんなに大勢いるんですか、転移者って?」
「ああ、そうだな。この国の公用語がニホン語になるくらいには、頻繁に送られてくるぞ」
「日本語……って、そういえば……」
自分が日本語で会話していることに、今さらながらに驚く剣人。
その様子を見て楽しそうに笑う公爵様。
「転移者はみなその事に驚くようだな。今回の転移でも君を含め、合計八人の転移者が送られてくる予定になっておるぞ」
「八人! そんなに?」
「ちなみにお主で四人目だ」
驚く剣人に、公爵は続ける。
「おお、丁度いい。あそこにいる娘も同じ、今回送られてきた転移者だぞ」
そう言って進む廊下の先を指さす。
その先にいたのは――剣人のよく知る少女の姿。
「陽莉――!」
「――――!」
廊下の先にいた彼女は、剣人を見るなり青ざめる。
そして……数秒間を置いたあと、剣人のいる方とは反対側に一目散に逃げだした。
「あっ! 待てよ、陽莉!」
慌てて後を追う剣人。
部活で鍛えた足で、あっという間に彼女との差を詰める。
だが――あと一歩というところで、城の一室に逃げ込まれてしまった。
「おい陽莉! どうして逃げるんだ? ここを開けてくれ!」
剣人は必死に声をかけ、ドンドンと何度もドアを叩く。
だが扉にはカギが掛けられており、中からは何の反応も返ってこない。
「陽莉……どうして……?」
訳が分からず唖然とする剣人に、追いかけてきた公爵様が声をかける。
「ケント殿、あの娘はお前の知り合いか?」
「ええ、陽莉と言って……。大切な友人……なのに……」
「そうか……彼女はヒマリというのか」
少し物憂げな様子で、公爵様は彼女の状況を教えてくれた。
「君の少し前に転移してきたのだが、ああしてずっと情緒不安定でな。この客間を宛がって休んでもらっていたのだが……どうやら引き籠ってしまったようだな」
「そう……ですか……」
「なぁに、突然おかしなことに巻き込まれて動揺しているだけだろう。落ち着くまでそっとしておいてやれ。それにまだ他にも二人、異世界転移者が来ている。彼女の事はひとまず置いておいて、先にその者たちと面会するがいい」
その言葉にハッとした剣人は、爆発に巻き込まれ死ぬ間際に見た光景を思い返す。
照が陽莉の腕を引き部室の隅に押し倒し、彼女の上に覆いかぶさるように身を投げ出すシーン――。
(そうだ、照は身を挺して陽莉を守ろうとしてた。それでも陽莉は死んでしまった……。てことは、まさか――!?)
ひょっとして陽莉を庇った照も一緒に死んでしまっているんじゃないのか?
そのことに気付いた剣人は身震いを起こす。
「さぁ、案内するからついてまいれケント殿」
「は、はい!」
剣人は慌てて公爵の後を追った。
公爵様が案内する先に、照も死んでしまっているかもしれないという不安と……ほんの僅かに再会の期待を抱きながら。




