3-1話 櫻井剣人の異世界転生
これから始まる三章は、主人公の照ではなく、照の友人の剣人視点の物語になります。
照が朔夜たちと共に異世界転移する裏で、剣人を含めた残りの転移者たちはどうしていたのか?
そういう裏側とキャラ紹介的な内容で、他の章の半分以下の話数で終わる予定です。
――文化祭前日、例の爆発事件があった夜。
白羽矢高校の校門前に、一台のタクシーが停まった。
「ごめん剣人、お金払っといて!」
「おい照! ちょっと待てよ!」
一目散に校舎へと駆け込む照。
置いて行かれた剣人は急いて支払いを済ませるとその後を追った。
その途中、担任の山本先生ともう一人、見覚えのないスーツの女性とすれ違う。
「こら、あなた達! どうしてまだこんなところにいるの!」
山本先生から叱咤を受けるが、今の剣人に構っている余裕はない。
そのまま廊下を駆け、剣人がラノベ部の部室へ到着すると、そこには――
――ガッシャーンッ!
大きな音を立てて、ラノベ部の奇妙な展示物に倒れ込む女生徒――たしか陽莉と同じラノベ部の部員だ――と、その傍でパニクった様子の照の姿があった。
「おい照、何やってんだ!」
剣人は慌てて照に声をかける。
その後の剣人の叱責により落ち着きを取り戻した照。
そこへ――。
「キミたち何をやってるの! あれだけ言ったのにどうしてまだ帰ってないの!」
「おい、いったい何があったんんだ!?」
背後からの声に剣人が振り向くと、先ほどすれ違った山本先生と見知らぬスーツ女性が駆けつけて来ていた。
(まずいな、先生に見つかったら問題になっちゃうんじゃ……)
剣人がそんな不安を覚えた時――突然照が激しく行動を起こした。
陽莉の腕を引き部室の隅に押し倒し――
彼女の上に覆いかぶさるように身を投げ出す――。
そんな照の様子を、剣人は訳も分からず見送っていた。
(いったい何が――?)
混乱する剣人の目の端が、ふと奇妙なものを捕らえた。
倒れた女生徒の下敷きになった奇妙な展示物――その中にあった奇妙な箱。
それにはケーブルやデジタル表示板などがついていて、まるで映画で見た爆弾のような――。
(――って、まさかホントに爆弾――!?)
――その瞬間、剣人の世界が真っ白に塗りつぶされた。
* * *
――次元の狭間にある真っ白な空間。
空も大地も真っ白で、地平線だけが一本の線として見えている。
(えっと……何だろう、ここ? 俺は何でこんなところに……?)
いまだ意識がハッキリしない中、剣人はその不思議な光景に戸惑っていた。
(確か爆破事件に遭遇して、慌てて学校に駆け付けて……。走り出したテルを追って……そして……そうだ、爆発に巻き込まれて俺は死んだんだ。死んだ……はずだけど……)
ボーっとする頭のまま思考を巡らせる剣人。
「――というわけで、貴方には剣と魔法のファンタジーな世界に転移していただきます」
何か喋っている人がいるようだが、剣人の頭には入ってこない。
(ああ、ひょっとして……全部夢だったのか……)
いろいろと考えを巡らして、ようやく思考がまとまってきた剣人。
「チートは一律同じものになりますので、リクエストは受け付けません。……って、聞いてますか、ケント・サクライくん?」
ようやく周りを気にする余裕の出てきた剣人が、先ほどから自分に語りかけてきていた人物を改めて確認する。
声の主はこの空間と同じように、全身が真っ白な不思議な少女だ。
「えっと、キミは……?」
「やれやれ、その様子だと全く耳に入っていなかったようですね。仕方ない、改めて説明しましょう」
そして彼女――ニンフィアと名乗り女神を自称する少女――が語ったのは、剣人は連続爆破事件によって死亡し、これからチートを貰って異世界転移をするという、要約するとそんな内容だ。
「どうです、ご理解いただけましたか?」
一応聞いてはいるのだが、サブカルに疎い剣人にはその内容がいまいち消化しきれていない。
「えっと……チートって何?」
「そこからですか、厄介な……。貴方、ラノベとか読まない人ですか?」
「友達は読んでたけどオレは全然……。そうだ、『時をかける少女』なら読んだことが……」
呑気に剣人がそう言った途端――
「――『時かけ』はラノベじゃありませんっ!!!」
「ひぃっ! ごめんなさい!」
――地雷を踏みぬいたのか、一瞬にして怒りゲージが振り切れた様子の自称女神様。
「日本SFの名作をラノベ扱いなんて、いくら死んだからって許されませんよ!」
「……いま一瞬、背後に阿修羅が見えたような……」
あまりの剣幕に怯む剣人と、怒りのままに愚痴り始める女神様。
「ともかくですね……あーめんどくさい! ただでさえイレギュラーな転移で、いつもより人数が多いって言うのに! 日本人なら異世界転移くらい必修で覚えなさいよね!」
(異世界転移……ってアレだよな、陽莉が好きなやつ。確か……死んでゲームの世界に紛れ込むんだっけ?)
普段ラノベは読まない剣人だが、照や陽莉が語るラノベの話題に、今の状況と同じような内容があった事を聞き覚えていた。
とはいえ――。
(まぁでも現実にそんなことがあるわけがないし、これって間違いなく夢だよな?)
――と、全く信じていない様子。
「送り出さなきゃいけない人間はまだ半分も残ってるのに……。こんなのばっかりだとやってられないわよ!」
愚痴り続ける女神様に、剣人はなんとなく提案してみる。
「えっと……。よく分からないけど、忙しいなら俺の事はサクッと終わらせてくれていいぞ?」
「……へ?」
「ラノベには詳しくないけど、なんとなく状況は分かったし。送らなきゃいけないところがあるなら、さっさと送っちゃってくれよ」
「……いいんですか、ケントくんはそれで?」
「うん、構わないからやっちゃって」
気楽に答える剣人。
ただその内心では――
(どうせコレ夢だしなぁ……)
――と付け加えられているのだが。
「うーん……まぁいっか。どうせ地上でも色々と説明を受けるだろうし」
悩んだ結果、剣人の提案を受け入れた女神様。
「それじゃ行きますね。さよーならー」
「あ、はい」
自称女神の合図で、再び剣人の意識が薄らいでゆく……。
(……変な夢だったなぁ…………)
剣人は白に溶け込むように消えながら、呑気にそんな事を考えていた。




