2-4話 二人の転移者②
ショックを受ける照を横目に、朔夜がウェルヘルミナに尋ねる。
「友達になるのは構わないけれど……ウェルヘルミナさん。私たちは今後どうすればいいのかしら?」
「どう……とは?」
首をかしげるウェルヘルミナに、朔夜が持論を述べる。
「ここへ来てから色々悩んでみて、地球に帰れないという事についてはひとまず納得したわ。だとしたら次は、この異世界でいかに生きていくかを考えないといけない。そのために何が必要なのか? 私としてはまず――この世界で生きていけるだけの常識と能力を身につけなければいけない、と考えているのだけれど……」
「それならば心配ありませんわ」
胸の前で可愛く手を合わせ、朔夜に笑顔で答えるウェルヘルミナ。
「まず皆様には明日、神殿で『成人の儀』を受けていただきます。これはこの世界の人間なら十三歳で受けている儀式で、終えると女神様からジョブを与えられ、そのジョブに合わせたスキルが使えるようになります」
「ジョブ? スキル?」
サブカルに疎い鈴夏が、ウェルヘルミナの言葉に首を傾げる。
それに気付いたウェルヘルミナが「皆様の世界にはスキルの概念が無いのでしたね」と得心した様子でうんうんと頷く。
「それでは僭越ながら、私のスキルを御覧にいれましょう。このような力の事ですわ、おいでブルー!」
そう言いウェルヘルミナがパチンと指を鳴らす。すると……。
「ピィイイイッ!」
甲高い鳴き声を上げながら、皆の囲んでいるテーブルの上に丸い物体が飛び乗ってきた。
半透明で薄い青色をした、ゼリーのような丸い物体。
それがまるで生きているかのように、テーブルの上で蠢いている。
「おぉっ! これってもしかしてスライムってヤツじゃないですか!? ねぇウェルヘルミナ様?」
動くゼリーというファンタジーならではの生物を前にテンションの上がる照。
だが――
「…………」
「……あれ? えっと……ウェルヘルミナ様?」
照が話しかけるも、ツンとした様子で無視をするウェルヘルミナ。
まるで照なんて居ないとでもいうような態度だ。
「スライムと言えば、確かモンスターの一種だったかしら? ゲームには詳しくないけれど、名前くらいは知っているわ」
続いて朔夜がそう指摘すると、今度は「よくお分かりですね」と笑顔で応じるウェルヘルミナ。
「サクヤ様のおっしゃる通り、この子はスライムと呼ばれる魔物です。そしてわたくしの従魔でもありますの。わたくしが女神様よりいただいたジョブは[魔物使い]。これは魔物を従わせるスキルを使うことができるジョブですのよ」
打って変わった態度のウェルヘルミナに――
「あの……ボクと朔夜さんとで態度が違いすぎませんか?」
――思わずツッコミを入れる照。
「…………(つーん)」
――だが、またしてもガン無視だ。
(こ、これってやっぱり男性差別? 元の世界のSNSにもいた、行き過ぎたフェミニストってやつ?)
ショックを受ける照を意にも介さず、「ともかくサクヤ様」とジョブについての説明を続けるウェルヘルミナ。
「このようにこの世界では皆がスキルを使えます。当然『成人の儀』を受ければ、転移者の皆様も使えるようになりますわ。誰しもが女神さまからジョブを授かることによって、さまざまなスキルが使えるようになるのです」
「……本当にゲームのような世界なのね」
「ちなみに転移者は皆さま、転移特典として[経験値×10倍]というスキルをお持ちのはずです。それによってジョブさえあれば、生きていくためのスキルはすぐに見につく事でしょう」
無視されながらも、そのウェルヘルミナの話を横で聞いていた照は――
「あ、そういえばそんな表示があったような……」
――と、もう一度ステータスウィンドウを開いてみる。
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【パッシブスキル】
[経験値×10倍]
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「これか……」
照のステータスには、確かにそんな記述があった。
その記述を軽くクリックしてみると――
「うぉっ! ビックリした!」
――ステータスウィンドウの上に、もう一つウィンドウが開いた。
そこにはどうやら、スキルについて詳しい解説が書かれているようだ。
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【解説】
[経験値×10倍]
得られる経験値が10倍になる。
習得条件:称号『異世界からの転移者』の取得。
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「効果は名称そのままだな。
この称号っていうのは……あった、これか」
今度は称号の欄にある[異世界からの転移者]という記述をクリックしてみた。
すると今度はその称号についての解説ウィンドウが開く。
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【解説】
[異世界からの転移者]
異世界から転移してきた者に与えられる称号。
習得スキル:[経験値×10倍]
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「こっちもそのままか。どうやらこれが女神様の言ってた、転移者に一律で与えられるチートってやつみたいだね」
そうして照が自分のステータスを確認している間も、ウェルヘルミナの解説は続く。
「皆さまもジョブを得てスキルを覚えれば、ひとまずこの世界で生きていけるはずです。いいえ、それどころか[経験値×10倍]のスキルがあれば、常人ではたどり着けないはるかな境地まで成長することも出来るハズですわ」
ウェルヘルミナがパンッと手を合わせ、キラキラした目で朔夜や鈴夏を見る。
「他の人の十倍の経験値ですもの。きっと皆さまはこの先、天才や英雄と呼ばれる存在になっていくに違いありませんわ。ああ、なんて素晴らしい!」
「つまり王道の成長チートですねウェルヘルミナ様!」
めげずに話しかける照だったが――。
「…………チッ」
「し、舌打ちっ!?」
――やはり相手にしてもらえないようだ。
(こんなあからさまな男性蔑視、昔ならともかく令和の日本じゃ例えコメディだとしてもクレーム案件なのに……!)
憤慨する照だったが、残念ながらここは日本ではない。
この異世界では『みんなの人権110番』に相談することもできないのだ。
そして憤る照を無視したまま、他の転移者二人に向けて語り続けるウェルヘルミナ。
「ともかく皆様にはまず『成人の儀』を受けていただきたいと思います。さらにそのあと『誓いの儀』を受けていただければ、皆様は晴れで我がアインノールドの領民ですわ。領民ともなればわたくしたちと家族も同然。この世界の常識を身に着け、生活できるようになるまで、我々が転移者の皆さまのサポートさせていただきたいと考えております」
「至れり尽くせりだけど、ウェルヘルミナさん。私たちのサポートをして、貴女に何か特があるのかしら?」
訝しむ様子を見せる朔夜の質問に、ウェルヘルミナは笑顔で答える。
「転移者といえばその成長の高さに加え、異世界からの知識をもって多大な利益をもたらす存在ですわ。そんな方々が我が領地に来て下さったのです、歓迎して当然ではありませんか?」
「なるほど、ちゃんと打算があるのね。なら、無償の善意よりは信頼できそうかしら」
その朔夜の返事を聞いて、満足そうに頷くウェルヘルミナ。
続いて鈴夏に問いかける。
「スズカ様はいかがですか?我々のサポートを受けていただけますか?」
「ゲームみたいな状況についてはよくわからないが……」
静かに話を聞いていた鈴夏が、腕組みをしたまま応じる。
「今、我々は常識外れの状況に陥っていて、ウェルヘルミナに助けてもらわなければどうしようもないところまで追い込まれているという事は分かった。貴方が助けてくれるというのはありがたい申し出だ、遠慮せず援助を受けようと思う。もちろん受けた恩は忘れないつもりだ」
「それは良かったです。それで、えっと……」
続いてウェルヘルミナは照へ……とても嫌そうな顔を向ける。
「テル様はいかがですか? 我々の援助をお受けになられますか? ――断って勝手に野垂れ死んでいただいても、わたくしは一向にかまいませんが?」
「男だって分かってから、ボクの扱いだけ悪くない!?」
たまらずツッコミを入れた照。
「もちろんサポートを受けるよ! じゃなきゃホントに野垂れ死にじゃん!」
「……チッ」
「ま、また舌打ち……」
「それでは皆様が一人で生活できるようになるまで、我々がサポートさせていただきます。今日はもう遅いですから、この後ゆっくり休んでいただいて、『成人の儀』などは明日執り行う事に致しましょう。……チッ」
「追い舌打ち……」
「それでは寝室にご案内いたします。まいりましょう、サクヤ様、スズカ様」
「……いやだからボクは?」
そんな照の声もむなしく、ウェルヘルミナには無視されたまま自体が進んでいくのであった。




