1-13話 カウントゼロ
大通りに出るとタクシーを拾い、一刻も早く白羽矢高校へと急ぐ照と剣人。
「――くそっ! 既読はつかないし電話も繋がらない!」
照はスマホを握りしめ、タクシーの中で悪態をつく。
先ほどから陽莉と一向に連絡が付かない事にいらだっていた。
「いつもならすぐに連絡つくのに! スマホは肌身離さず持っていて、返信も3分以内にはしてくれるはずだろ!? 何で電話に出ないんだよ陽莉!?」
このタイミングでの音信不通は照の不安を掻き立てる。
それから15分ほど経過し――。
結局陽莉からの返事はないまま、タクシーはようやく白羽矢高校へ到着した。
校門前に止まったタクシーから、ドアが開くと同時に照が勢いよく飛び出した。
「ごめん剣人、お金払っといて!」
そう言い捨てると一目散で駆け出していく照。
「おい照! ちょっと待てよ!」
支払いを剣人に任せ、一目散に校舎内へと駆け込む照。
剣人も素早く支払いを済ませると、慌てて照の後を追った。
文化祭に備えて様々に飾られた校舎が、夜の暗闇の中、ひっそりと明日の出番を待っている。
その静けさの中を、足音を響かせ駆け抜ける照と剣人。
向かっているのは旧校舎二階、陽莉がいるはずの『ラノベ部』の部室。
「こら、あなた達! どうしてまだこんなところにいるの!」
途中誰かにそんな声をかけられた。
声は担任の山本先生のようだ。
早く帰りたがっていたはずなのに何故まだ残っているのだろう――と一瞬だけ考えたが、今の照にはそれ以上先生の事を気にしている余裕はない。
引き留める声を無視し、そのまま廊下を旧校舎まで駆け抜け、旧校舎の階段を二階まで駆け上がる。
そしてたどり着いたラノベ部部室のドアを、勢いよく開け放った。
「陽莉! 大丈夫か!?」
「テルちゃん? どうして戻ってきたの?」
部室に飛び込んだ照は、陽莉の無事な姿を見て安堵する。
部室の中の様子は――。
文化祭の準備中だったのだろう、陽莉以外にも同じラノベ部の乙女がいた。
文化祭用の展示物だろう『ラノベ考察』や『なろうの展望』などと題された論文のプリントが、壁や黒板のいたるところに張られている。
部室の中央に設置された、布と段ボールで作られた髑髏の像は、何かの作品の登場キャラだろうか……。
「良かった陽莉、無事だったんだな! ずっと連絡してたのに何で出ないんだよ!?」
「そ、そうなの? ああ、ごめんなさいテルちゃん。劇の練習の時にサイレント設定にしたままだったよ」
「い、いや、今はそれどころじゃないんだった。陽莉、急いで学校を出よう! 乙女ちゃんも一緒に!」
照は右手で陽莉の手を、左手で乙女の手を取り、急いで部室を出ようとする。
だが……。
「ちょ、ちょっと待ってよテルちゃん! どうしたの急に?」
「あっ、あのっ……! 照さまに手を……手を握られ……!」
状況が呑み込めない二人は照の様子に戸惑っている。
特に乙女は顔を赤らめ、憧れの照に手を握られたことに軽くパニックを起こしかけていた。
照の方も、そんな二人の思わぬ抵抗に慌ててしまう。
「もめてる場合じゃないんだって! いいから二人とも、言う事を聞いて……」
「手……手っ! はっ……はわわわわぁああああああああああっ!」
強引な照の行動に、アワアワしていた乙女の心のリミットがついに振り切れてしまったようだ。
乙女は奇声を上げながら照の手を振り払い、その拍子に彼女はバランスを崩してしまい――。
「あっ!」
気付いた照が慌てて手を伸ばしたが間に合わない。
彼女は「きゃあっ!」という小さな悲鳴を上げてつんのめり――。
――ガッシャーンッ!
大きな音を立てながら、乙女は部室中央にあった展示物――布と段ボールでできた髑髏キャラの像――の上にのしかかるように倒れ込んでしまった。
そのせいで展示物は無残にひしゃげてしまう。
「大丈夫、オトメちゃん!? ああっ、手作りアイ〇ズ様の像が!」
思わず悲鳴を上げる陽莉。
「おい照、何やってんだ!」
追いついてきた剣人にも注意を受ける。
「何を狼狽えてんだよ、落ち着け照!」
「で、でも急がないと爆弾が――!」
「お前が言ったのってあくまで推測だろ? 本当に学校に爆弾があると決まったわけじゃないし、今日爆破されると決まっているわけでもないじゃないか! それなのに何をパニクってんだよ!?」
「うっ、そう言われると……」
剣人の指摘ですこし落ち着いた照。
そしてさらに――
「キミたち何をやってるの! あれだけ言ったのにどうしてまだ帰ってないの!」
「おい、いったい何があったんんだ!?」
野次馬だろうか、部室の入り口の方から攻め立てる声が聞こえ、ようやく照も冷静になる。
(な、なにやってんだ、ボクは……)
落ち着きを取り戻した照は、倒れた乙女を起こそうと手を伸ばす。
「ご、ごめん、乙女ちゃん。大丈夫……」
――そのとき、照は見つけてしまった。
乙女が倒れたことで壊れてしまった髑髏キャラの像。
その中にあった爆弾を――。
四角い箱から幾つかのコードが伸び、それがデジタルタイマーのついた電子基板に繋がっている。
タイマーの表示は[00:00:05]。
頭が真っ白になる照。
……[00:00:04]……[00:00:03]……[00:00:02]……
進むカウントに、照の体は考えるよりも先に動き出す。
陽莉の腕を掴み部室の隅まで引っ張って行くと、そのまま押し倒し彼女を庇うように覆いかぶさる。
[00:00:01]
[00:00:00]
そして世界は、真っ白に、塗りつぶされた――。
* * *
(……あれ? ボク、どうなったんだろう)
照はうっすらとした意識で周囲を窺うが、その目には何も映らない。
照の体は腹部が抉れ背中はズタズタになり、辺り一面が真っ赤になるほど流血していた。
明らかに致死量を超えた出血量で、もはや意識がある事自体が奇跡だ。
そんな照の体を抱きかかえ、陽莉は泣きながら必死に呼びかける。
「……いで! テルちゃ…………で! いや…………おねが…………テ…………」
今の照では、かすれてほとんど聞き取ることができない。
でも……、それでも……。
(そうか……陽莉は生きてるんだ……良かった……)
最後に無事な彼女の声が聞けて照は幸せだった。
(そういえば……陽莉から文化祭の後に話があるって言われてたっけ……)
そして薄れゆく意識の中――
(陽莉……ごめ……話……聞けな……く……)
最後まで陽莉の事を考えていた。