1-11話 連続爆破事件
自宅の最寄り駅に辿り着き、照と剣人は街を歩く。
周囲はすっかり夜になっていて、街灯と夜の看板が通学路を照らしている。
「――二人っきりで夜のデート。たまにはこういうのもいいよなぁ」
「……だから剣人、そういう気持ち悪い事言わないでよ」
「うぐっ……。ま、まぁそんなこと言わないでさ。そうだ、この先にデザートが有名な喫茶店があるんだけど……」
「はいはい、それどこ情報? まぁどうせいつもの情報誌だろうけど。剣人ってすぐマニュアルに頼るよね。体育会系のくせに男らしくないなぁ」
「ぐぬぬ……」
剣人がムード作りを試みるも、照の方はけんもほろろだ。
ガックリと肩を落とした剣人は、「はぁ……」と大きくため息をつくと、恨みがましい目で照を睨む。
「照はいっつもオレに冷たいよな。最初の頃はもっと優しかったと思うんだけど……」
「それは当然だよ。これだけしつこくされたらさ」
そんな剣人の恨み節を、照はいつものように受け流す。
「だって剣人は知り合ってから三年の間、ずっとこんな事言ってるんだよ? 何度も何度も告白されて、断ってるのに諦めない。中学時代からこれだけ繰り返されてたら、そりゃ対応が雑になっても仕方ないじゃないか」
「それはだって、照が全然相手にしてくれないから……」
「仕方ないだろ、ボクは男なんだから、男に言い寄られても応えられないよ」
「ぐぬぬぬぬ……」
照の相変わらずのつれなさに歯噛みする剣人。
(だけど照は俺の事を親友として好きだって言ってくれたはずだ。だったら将来、もし照が男と恋愛したくなったとき、一番側にいれば俺に一番チャンスがあるって事じゃないか。だったらせめて、今の親友ポジションを何とかキープしておかないと……)
剣人はそんな未来を空想する。
だが……。
「でもまぁ、たとえボクが女だったとしても、恋愛相手に剣人は絶対選ばないよ?」
「は、はぁっ!? な、何で?」
わずかな可能性を否定する照の言葉に慌てる剣人。
照はさらに追い打ちの言葉をかける。
「だって剣人って真面目過ぎるでしょ? 口説き方だって、壁ドンだったり流行りのお店だったり、どこかのマニュアル本で見たままやってるだけだし。そういう真面目だけど融通の利かないところ、親友としては良い奴だなーとは思うけど、恋愛相手って考えると退屈過ぎてタイプじゃないかなぁ」
「た、退屈? そ、そんな……」
「そう――剣人は自分がイケメンでモテると思っているかもしれないけど……実は付き合ったら退屈ですぐフラれちゃうつまんない男なんだよ!」
「が――――んっ!」
好きな子からの辛辣な言葉にショックを受ける剣人。
と、そのとき――。
――ドカァアアンッ!
――突然、爆発音が照たちの耳に届く。
日常では聞くことのない響きに照は体をビクッと反応させた。
「な、何だ、今の音!?」
「きっと俺のハートが粉々に破裂した時の効果音だよ……」
「脳内SEじゃないから! 現実に聞こえたから、さっきの爆発音!」
きょろきょろと周りを見回すと、ビルの隙間から夜空に向かって白い煙が上がっているのが見えた。
方向は照たちが歩いてきた駅の方だ。
「何だアレ……ってまさか!」
照が思い出したのは以前見たテレビのニュース。
毎週金曜に起こる『連続爆破事件』。
そして今日は金曜日――。
「行こう、剣人! 大事件だぞ!」
「あっ、待ってくれよ照!」
慌てて駆け出す照と、それを追いかける剣人。
二人は白煙が立ち上る現場へと向かう。
それが二人の運命を大きく変えることになるとは露とも思わずに――。
* * *
その現場は走って一分もかからずに辿り着けた。
線路に平行して通る国道、その道沿いにあるファミリーレストラン。
野次馬が何人か集まって遠巻きに店の様子を窺っている。
爆発現場はそのファミレスだった。
建物が倒壊する程ではないものの、窓ガラスはすべて吹き飛び、周囲に瓦礫をまき散らしている。
「ぐぅう……あぁ……」
「だ、誰か……助け……」
「うぅう……い、痛いよぅ……」
店の中は暗くてよく見えないが、ディナーの時間帯のためか大勢の客がいたようで、倒れた人たちのうめき声が聞こえてくる。
平和な日本ではまずあり得ない、テレビのニュースで見るテロの現場のような、非日常的で阿鼻叫喚の光景だった。
「ど、どうしよう照……」
「え、えっと……そうだ! と、とりあえず警察と救急に電話を……」
目の前の悲惨な状況にパニクりながら、何とか行動を起こそうとする二人。
だがそれよりも前に――
――ウゥウ――ッ!
――ピーポーピーポー!
――サイレンの音が近づいてくる。
すでに他の野次馬が連絡していたようだ。
しばらくすると、パトカーや救急車などの緊急車両が何台も現場に到着した。
「君たち邪魔だ! 下がりなさい!」
救急隊員が野次馬を下がらせ始まる救急作業。
邪魔にならないよう道の端に寄った照たちの目の前を、タンカに乗せられた被害者が何人も通り過ぎていく。
「な……んだよコレ……」
「どうして……? 犯人は何でこんな……」
運び出される死傷者たち。
助かった人もいるようだが、明らかに手遅れだろうと分かる被害者も少なくない。
「ひ、ひでぇ……。あれじゃもう……」
呆然と行き交うタンカを見送る剣人の隣で――。
「――ぅぷっ! だ、ダメだ……吐く……」
遺体を見て気持ちが悪くなったのだろう、照は口元を抑えながらふらふらとその場から離れていく。
「大丈夫か照? ほら、こっちだ」
慌てて剣人が後を追い、照を休ませようと人気のない場所を探し、ファミレスに隣接した駐車場へと誘導する。
照を縁石ブロックに座らせると、剣人は近くの自販機からミネラルウォーターを買ってきた。
「ほら照、これ飲んで」
「ありがとう剣人、助かったよ。ボク、思ったよりグロいのダメみたいだ……」
照は受け取ったペットボトルを半分ほど飲み干すと、フゥーっと大きく息を吐いた。
落ち着いた照の様子に安堵した剣人は、改めてファミレスの状況を確認する。
「……照、これってやっぱりあれだよな。最近流行ってる連続爆破事件……」
「そうだと思うよ剣人。だってほら、今日は金曜だし……」
連続爆破事件――
それはここ二か月ほど、巷を賑わせている事件の事だ。
これまでに六件の爆破事件が起きている。
その標的は、駅、スーパー、病院、公共施設と様々だが、それなりに人出のある場所という事が共通している。
そして全く同じタイプの爆弾が使われていることから、すべてが同じ犯人の犯行であるとされているのだ。
さらにこの事件の特徴として、すべての事件が金曜日に行われている。
警察が犯人を追っているが、まだ解決の糸口もつかめていないのが現状である。
「そして今日、また事件が起きた」
先日見た連続爆破事件のニュースを思い出しながら唸る照。
「クソッ! 許せないこんなの! 犯人はなんでこんなことが平気でできるんだよ!」
「照……。ニュース通りだとこれで七件目の爆破事件だよな」
「こんなことが七件も……。いったいどんな理由があって犯人はこんな事を……って、何だあれ?」
思案していた照が気に留めたのは、店の裏手から漏れている光だ。
「赤い光……?」
光源は照のいる駐車場からは死角となっている店の裏手。
店の周りに集まったパトランプの光より、さらに赤く感じる禍々しい光で、見ていると何か不吉な胸騒ぎを覚える。
(な、何だろう……? すごく嫌な予感がする……)
照は光源を確認しようと、慎重に店の裏手に向かう。
「照? どうしたんだよ」
剣人も照を追って店の裏手へ。
そして――。
「な、何だこれ……?」
――二人は見た。
店の裏手の壁に、1メートル程の大きさで書かれた円い図形の落書き。
それが煌々と赤く光っていたのだ。
幾何学模様で描かれた円形のそれは、まるで――。
「ま、魔法陣……?」