7-10話 多様性と包括性の外側にいるヤベー人間
――翌日。
柱の陰から周りの様子を伺いながら、照がコソコソと城の中を移動していた。
「おや、照どの? 何しているでござる?」
後ろから掛けられた声にビクッと怯える照。
「な、何だ、栄太か……脅かすなよ」
相手が乙女でなく栄太だったことに、ホッと胸をなでおろす照。
「……照どの、何をそんなにビビってるでござる?」
「いや、乙女ちゃんに見つかったんじゃないかとビックリしただけだよ」
「乙女どの……ああ、そういえばあの陽莉どのは、本当は乙女どのだったそうでござるな」
「……そうなんだよ。しかも今は、彼女のせいでボクの息子が大ピンチなんだ」
照は大きくため息をつくと、栄太に尋ねる。
「そういや栄太は、乙女ちゃんが今どこにいるか知ってるかい?」
「彼女ならたしか『成人の儀』を受けに行ったでござるよ」
「『成人の儀』って、ジョブをもらえるアレの事? 今頃受けてるの?」
「彼女はこちらに来てから、ずっと引きこもっていたでござるからな」
「そっか……でも今は彼女が城にはいないのか、ならしばらくは安心だな」
そう言って安心した笑みを見せる照。
だが――
「いいえ、『成人の儀』ならもう終わりましたよ」
再び後ろから声を掛けられ、「ヒィッ!」と悲鳴を上げる照。
振り返ったそこに居たのは――
――昨夜までとはまるで違う姿の乙女だった。
「ま、乙女ちゃん、その恰好は……?」
「……イメチェンしました。あのままだとあまりに陽莉さんそのものでしたので」
ツンとした態度でそう答える乙女。
そんな今の乙女は、髪の色がミルクベージュからペールグリーンに変わっており、ウェーブのかかったロングヘアも、短めのハイポニーテールへと変わっている。
陽莉と同じ顔立ちだが、そのビビットな髪色のせいか、それだけで全くの別人のような印象を受ける。
さらには露出度多めの黒装束に身を包み、その様子はまるでアニメに出てくるくノ一のような出で立ちだ。
「イ、イメチェンって……髪の色が全然違うんだけど……。い、異世界にヘアカラーとかあったの……?」
「ああ、それならコレのお陰です」
そういって乙女は自分の首元を指さす。
そこには細いチョーカーが嵌められていた。
「これは髪の色を自由に変えることが出来る魔道具です。澪さんに相談したら譲ってくれました。――って、そんなことより!」
「ひぃいいいいいっ!」
乙女に勢いよく睨まれた照が思わず悲鳴を上げた。
「……安心してください、照さま」
怯えた様子の照に、打って変わって優しい口調で話しかける乙女。
「いえ、男に『様』付けはしたくないので、今後は『汚物』……いえ、普通に『照くん』と呼ばせていただきますが……」
「……今、何気に酷い呼称がサラッと混じってたよね?」
「ともかく今後は昨夜のように、照くんに襲い掛かるような事はしません。今の穢れ果てた男の『照くん』は、あの『照さま』とは別人です。だから私の憧れた『照さま』は、あの爆発と共に死んだと思って、奇麗サッパリと忘れようと思っています」
「お、男に生まれ変わっただけでこの酷い言われよう……」
「今思うと、この『照さま』に対する気持ちは、私の初恋だったのかもしれません。初恋が叶わないとなった今、この心の傷を埋めるのは、新しい恋しかないと思っています」
「は、はぁ……」
「というわけで私はチートでハーレムを目指します! ボーイッシュ少女によるボーイッシュ少女のためのハーレム! それがこれからの私の目標です!」
「そ、そうですか……」
「というわけでこれから忙しくなるので、これ以上汚物……じゃなくて照くんには構っていられません。見逃してあげるので感謝してくださいね?」
「ま、また汚物って……」
絶句する照の隣で、うんうんと頷く栄太。
「異世界と言えばチーレム。さすがは乙女どの、分かってるでござるな.。ところで……」
視線を上下に乙女の恰好を見た栄太が尋ねる
「乙女どののその恰好……。もしかして乙女どののジョブは……!」
「ええ、[忍者]です。なのでそれに合わせた装備をしてみました」
「ほほぅ……これは中々、目の保養になるでござる……ジュルリ」
「どうでもいいですが、あまりじろじろ見ないでくださいね、汚物二号……じゃなくて栄太くん」
そのやり取りを見ていた照は、乙女ちゃんが嫌ってるのはボクだけじゃなく男全般なのか……と学習する。
(それにしても[忍者]ってどんなジョブなんだろ?)
気になった照は[探偵の鑑定眼]を使ってみる事に。
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名前:オトメ・カゲフミ
性別:女 年齢:16 種族:人間
状態:なし
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【ジョブ】
[忍者Lv.1]
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【称号】
[異世界からの転移者][見習い戦士][初級魔術師][クレイジーサイコレズ]
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【ステータス】
ステータスレベル:1
HP:25/25 MP:28/28
攻撃:13 防御:10
魔力:12 魔抗:13
器用:20 俊敏:15
幸運:8
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【アクティブスキル】
[忍術Lv.1][忍法Lv.1]
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【パッシブスキル】
[経験値×10倍][攻撃力+10P][魔法力+10P][精力増強(小)]
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「ぬぁあああっ!」
その鑑定結果に、思わず声を上げる照。
何故なら――
(ク、クレイジーサイコレズ……)
――そこには、在ってはならない称号があったからだ。
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[クレイジーサイコレズ]
ただのレズビアンじゃない、とびきりサイコでクレイジーなレズっ娘に与えられる称号。
その手はまだ血に染まってはいないが、近くにいる女性は貞操の危機、男性だったら命の危機だぞ!
習得スキル:[精力増強(小)]
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(これって解説は微妙に違うけど、ウェルヘルミナの持っていた称号と同じものだよね? う、嘘でしょ……ウェルヘルミナと同じ多様性と包括性の外側にいるヤベー人間がまた一人……)
学校で見た姿――黒髪メガネの文学少女――から変わり果ててしまった乙女を見て照は嘆息する。
(ボ、ボクはもしかして、とんでもない化け物を世に解き放ってしまったのではないだろうか……?)
彼女が引きこもっていた部屋の扉を開けてしまった事を後悔しながら、照と他の来訪者たちとの再会は、無事(?)終了したのであった――。
――第八章に続く。