7-6話 この世で子猫の次にカワイイ存在
――照は思い至った真実を語る。
「知らない人もいるかもだけど、今回異世界転移した人間は、元の世界の爆弾事件に巻き込まれた人間だと考えられています。 そしてあの事件の時、近くにいた中で40歳を超えている学校関係者は山本先生だけでした。それに名前が違うのは……思い出してください朔夜さん」
そして朔夜の問いに答える照。
「元の世界で山本先生は、夫の不倫で離婚寸前だって噂だったじゃないですか。あの噂が本当で、事件当日すでに離婚して旧姓に戻っていたとしたら……」
「ああ、そう言われれば……確か山本先生のフルネームは『山本唯理亜』だったわね」
照の推理を聞き、謎が解けた朔夜が満足げに頷く。
「『唯理亜』という漢字から勝手に『ゆりあ』と読むのだと思っていたけれど、言われれば『いりあ』と読めなくもないかしら」
「つまりあの場で条件に合うのは山本先生ただ一人です。まだ知らない誰かが事件に巻き込まれていたと考えるより、このエルフ幼女が山本先生だと考えた方が納得できるでしょう」
「確かに鋭い指摘ね……んくっ! ……ハァハァ……。キミの今の推理で、ちょっとだけ濡れてきちゃったわ」
「濡れたって……何が?」
照は疑問に思ったが、なにやら掘り下げない方がいい気がしたので、朔夜は放置してイリアへと向き直る。
「ともかくイリアちゃん! あなたの正体は『山本先生』ですよね?」
「な、何の事かなぁ? イリア、難しい事よく分かんな~い」
照に名指しされたイリアは、冷や汗ダラダラで真っ青な顔のまま、だが頑なに幼児ムーブを崩さない。
照の追及に、何が何でも逃げ切る姿勢のようだ。
そんなイリアに、剣人と栄太からフォローの声がかけられる。
「ま、待てよ照。あの山本先生だぞ? 別名『ヒスBBA先生』だぞ? いくら何でもあり得ないだろ?」
「そうでござる! あのヒスBBAが、こんな愛らしい幼女になるとは、拙者も信じられないでござるよ!」
「だよな、栄太! だってあのヒスBBA先生だぜ?」
「そうでござるよ剣人殿! あのヒスBBAでござ……」
「ヒスBBAヒスBBAうっせーんだよ、このガキども!!!」
フォローに見せた悪口に、ついに堪忍袋の緒が切れたイリアちゃん。
「こっちだってヒスりたくてヒスってんじゃねーんだよ! テメェらが言う事聞かねーからだろうが! ガキのくせして調子乗ってんじゃねーぞ、こちとら先生様なんだよ!」
その物凄い形相に、剣人と栄太が「ヒィイイイッ!」と悲鳴を上げる。
「私だってなぁ、昔は優しくて熱心な教師だったんだよ! だけど優しくしてれば生徒は付け上がるし、熱心に指導すれば同僚や生徒の親に煙たがれる! そんな状態で、いったい私にどうしろって言うんだよ? どれだけ働いても同じ給料なのに、立派な教師なんて割の合わない事やってられねぇんだよぉおっ!」
周囲がその剣幕に怯える中、イリアが本音を爆発させる。
「仕事も散々ならプライベートも最低だよ! 共働きなのに家事を全部任されて! 嫌だって言ってるのに義両親と同居させられて! 嫁いびりが趣味な姑と『子供生め』しか言わない舅に挟まれて! それでも夫の親だからと愛想ふりまいて、ここまで尽くしてきてやったのに浮気しやがってあの種無し野郎ぉおっ! もういい! 何もかも知るか! お前らはいいよな、ガキで何も悩みが無くてよぉ!」
愚痴が止まらない様子のブチ切れイリアちゃん。
「私だってできるなら子供に戻りたいってずっと思ってたんだ! そしたら神様が私の願いを叶えてくれたんだよ! 今の私は子供だぞ! 愛され系銀髪褐色幼女だぞ! この世で子猫の次にカワイイ存在なんだぞ! もっと私を甘やかせよ! 好き勝手に生きさせろよ! もうヤダ! もうヤなの! うわぁああああああああああああああん! イーヤーなーのーっ!!!!」
そしてついには泣き出すイリアちゃん。
赤ん坊のように手足をバタバタさせて、ギャーギャーと転げ回る。
その様子を見ていた一同は、目線を躱すと頷き合い、心を一つにする。
(((……そっとしておこう)))
それが全員の総意だった。
* * *
しばらく時間が経ち、落ち着きを取り戻したイリアちゃん。
だがまだグズグズと泣き続ける彼女を、ヒミコと澪が休める場所へ連れていく。
残された者たちは、ハァーッと大きくため息を吐いた。
「しかし……まさかあのイリアちゃんが山本先生だったなんて、想像もしていなかったよ……」
「そうでござるな、剣人どの……。大人って大変なんですなぁ……」
「だけどそれを見破るなんて……んくっ……素敵よ照くん」
それぞれが感想を述べる中、照は一人黙って考え込んでいる。
「……どうしたんだ? 何か考え事か照?」
「剣人……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
声をかけてきた剣人に質問をする照。
「この城に異世界転移してきた四人のうち、剣人は何番目に転移してきたんだ?」
「順番か? それなら俺が最後だったな。俺がこの城に来た時には、他の三人は全員揃ってたぞ」
「そうか……だったら朔夜さん」
今度は朔夜に向き直り、同じ意味の質問を繰り返す。
「ボクが異世界転移してくる前に、朔夜さんと鈴夏さんが先にこちらに来ていましたよね? いったいどちらが先に転移してきたんですか?」
「んんっ・……ふぅ。……こちらの世界に来たのは私が先よ。だけど、それがどうしたの?」
「そうですか……やっぱりそうだ」
朔夜の答えに照が独り言ちる。
「スキルじゃ見えない真実が見えた」