7-2話 到着イストヴィア①
照が望まないハーレムに悩まされている一方――。
澪、鈴夏、蓮司たち三人の、大人な面子が乗るもう一台の馬車では。
「蓮司……貴方、妙に静かだよね?」
澪がからかうように蓮司に声をかける。
「あ、もしかして、鈴夏さんの事意識してる?」
「――っな! 何言ってんだ澪、おぅコラ!」
「隣に綺麗な女性が座ってるから緊張してるの? 貴方、昔から女性が苦手だったからねー。仕方ないなぁ」
「ち、ちげーっつてんだろ! 苦手なんじゃなくて硬派なんだよ!」
「はいはい、硬派ね。そう言って女の子を避け続けてきたせいで、色々と拗らせちゃってるんじゃないの?」
「こ、このっ! テメ澪、いい加減にしろ!」
「ねぇねぇ鈴夏さん、どう思う?」
盛大にキョドる蓮司を冷やかしながら、澪はもう一人の同乗者である鈴夏に話を振る。
だが……。
「…………」
鈴夏は何も聞こえていないようで、その目は虚ろに宙を見つめている。
「うーん……まだダメかぁ」
何の反応も示さない鈴夏に、澪はガックリと肩を落とした。
そこで鈴夏はようやく声を掛けられていたことに気付く。
「……あっと……すまない澪。私に何か言っていたか?」
「えっと、ううん、何でもないから気にしないで鈴夏さん」
どうやら鈴夏は、昨日知った息子の行方の件からまだ立ち直れていないようだ。
そんな鈴夏を気に掛けている様子の蓮司。
だが――
「…………」
異世界転移した息子に会えるかもしれない――そんな期待を打ち砕かれた鈴夏のショックは、蓮司には計り知れないのだろう。
結局何も声を掛けられず、心配そうにただ見つめるだけであった。
重苦しい雰囲気となったまま、馬車はイストヴィアへと走る。
そして――。
* * *
ふたたび日が暮れ始めた頃。
馬車が進む道の先に、目的の公都イストヴィアが見えてきた。
照たちが転移してきたアインノールドよりさらに大きい都市で、城壁が彼方まで続いている。
城門をくぐると大通りがあり、活気のある人々が往来していた。
街路の両側に並ぶレンガ造りの建物は、中世ヨーロッパを彷彿とさせる光景だが、看板などが日本語になっているのがシュールに感じる。
馬車はまっすぐに続くその大通りを抜け、都市の中心にそびえる城へ向かう。
「到着しました!」
御者の掛け声で、一同は目的地に着いたことを知る。
城門をくぐってすぐの内郭で停止した馬車二台。
先に止まった馬車から、最初に降りてきたのは澪だ。
「はぁあ、やっと戻ってこれたよ」
澪に続いて、蓮司、鈴夏も順番に馬車から降りてくる。
と、その時――。
「うぉっ、危ねっ!」
キャビンから出ようとした鈴夏が足を滑らせ、倒れてくるのを慌てて受け止めた蓮司。
「だ、大丈夫か?」
「……ああ、すまない。助かったよ蓮司くん」
「そ、そうか……って、うわぁっ!?」
弱弱しく礼を言う鈴夏から、蓮司は慌てて手を離した。
どうやら倒れてくる彼女を支えるのに、良からぬところを触ってしまっていたようだ。
「わ、悪ぃ、ワザとじゃ……!」
「気にするな、不可抗力だ。私を助けるためだったんだろう」
「い、いやしかし……」
「大丈夫だと言っているのに。全く、キミはお人好しみたいだな」
「――っ!」
お人好しと言われた蓮司は顔を真っ赤にする。
その背後から――
「これは……LOVEね♡」
――と、ニヤニヤしながら澪が声をかける。
「なっ!? み、澪!?」
慌てた様子の蓮司に、澪はニヤニヤが止まらないようだ。
「馬車の中で怪しいとは思ってたけど、まさか本気だったなんて。いやぁ、女の子に奥手だった蓮司にも、ようやくLOVEがやって来ちゃったんだねぇ」
「バッ、違ぇよ! そんなんじゃねーし!!」
「まぁまぁ、幼馴染として私も嬉しいよ」
「てめ、いい加減にしろ! ニヤニヤするな! 生暖かい目で俺を見てんじゃねぇ!」
騒ぐ二人をキョトンとした様子で眺める鈴夏であった。
* * *
イストヴィアに城に到着した澪・蓮司・鈴夏。
そんな三人の姿を、少し離れた城の中庭から発見した少女がいた。
「あれは……ミオ様とレンジ様。お戻りになられたのですね」
その少女――年のころは十四歳、金髪ツインテールに白い肌、青い瞳と、日本人離れした容姿をしている。
にもかかわらず、彼女が身に着けているのは何故か白い小袖に赤い袴という、日本の神社で見かける巫女のような衣装だ。
彼女の容姿に周囲の洋風な光景とも相まって、和風な恰好が何ともアンマッチな印象を与えている。
さらに彼女を風変わりに見せているのが、その肩に乗せている存在だろう。
「キュイィ~」
――という鳴き声を上げたその存在は、大きさは猫と同じくらい小型で、トカゲのような顔と鱗を持ち、背中には小さな皮膜状の翼を持った……いわゆるドラゴンと呼ばれる生物だ。
その肩に止まっている小さなドラゴンに語りかける巫女姿の少女。
「ドラキチもお二人が帰ってきて嬉しいんですね。ではお出迎えにまいりましょう」
小さなドラゴンの事を「ドラキチ」と呼んだ少女は、澪たちのもとへと駆け寄っていく。
「お帰りなさいませ、レンジ様、ミオ姉様」
その声で少女の存在に気付いた澪は顔を綻ばせた。
「あらヒミコ様。久しぶりですね」
彼女の言葉から、その少女の名前はヒミコだと分かる。
「もう戻られたんですね、|ミオ姉様。レンジ様はともかくミオ姉様はてっきりお父様と向こうに残られると思ってました」
「うぐっ、私だってクニミツ様の傍に残りたかったんですけど……クニミツ様が帰れって……。うぅう……しくしく……」
思い出して無念の感情を滲ませる枯れ専女子の澪。
その姿にあきれ顔のヒミコ。
「もう、泣かないでください姉様。お父様の事となると相変わらずなんだから」
「うぅ~……と、ところでヒミコ様はどうしてお城に?いつ学校から戻られたんです?」
「お父様が戦後処理でアインノールドから戻られない間、名代として務めるよう学園から呼び戻されたんです」
イストヴィア公爵当主であるクニミツを父と呼ぶヒミコは、つまり公爵令嬢だという事が分かる。
「なるほど。それにしてもご無沙汰です、ヒミコ様。相変わらず姫様は可愛いですねぇ~」
「あ、ありがとうございます、ミオ姉様。お姉さまもいつもお綺麗ですよ」
「あら、お姉さまだなんて……」
そこで澪はモジモジしだし、そして……
「……ママって呼んでもいいんですよ?」
「そうやって周りから固めようとするのはやめてください、ミオ姉様」
そんな澪の懇請は、ツインテール少女にバッサリ切って捨てられた。
「あぅう……ヒミコ様のイジワル……」
「そんなにお父様の事が好きなら、さっさと告白すればいいのです。そうすれば朴念仁のお父様も再婚を考えるようになるでしょうし……」
「で、でも告白してダメだったら……」
「そこまでは知りませんわ。ダメなら諦めてください」
「あーん、やっぱり姫様イジワルだー!」
そんな二人の様子は、仲の良い本当の姉妹のようだ。
しばらく二人のやり取りが続いた後、ヒミコは鈴夏の存在に気付く。
「ところでそちらの方は? はじめてお見掛けしますが、ひょっとして今回の転移者で・……」
ヒミコが鈴夏について尋ねようとしたその時――。
「キュアアーッ!」
突然彼女の肩にいた小ドラゴン――先ほどヒミコがドラキチと呼んでいた――が鳴き声を上げた。
狼狽えた様子で翼を広げ、唐突にヒミコの肩から飛び立とうとする。
「ちょっ、ドラキチ!? いったいどうしたんですか!?」
ヒミコは慌てて引き留めようとするが――間に合わずに猛スピードで飛び去る小ドラゴン。
そして――