6-24話 自分の気持ちに正直に
事件解決より少し時間は戻り――。
犯人追及のため関係者が二階ラウンジに集められた頃。
関係者の中には剣人もいて、照が皆を前に推理を披露するのを眺めていた。
(本当に探偵みたいだ……。凄いな、照は……)
次々と謎を解く照の姿に、剣人は一人ため息をつく。
(いや、照は昔から凄かったのか。陽莉もよく助けられたと言って照を讃えてたし……。ちゃんと分かってなかったのは俺だけか……)
そうしているうちに推理は佳境へと進み、ついに犯人が明らかになる。
犯人と指摘されたエルウッドは、観念して全てを白状した。
その後、標的だったドドンゴへ注目が集まり――。
「吾輩の愛をそのような狭義の価値観に留めないでもらいたい!」
そうして堂々と自分の性癖を語るドドンゴに、周囲の人間はドン引きしていた。
だが――
(ドドンゴさん……。凄いな、あの人……)
どういうワケか剣人だけは、ドドンゴを肯定的に捉えているようだ。
(男だ女だなんてことを超越して、自分の好きなものを堂々と語って、……。常識やルールに囚われる俺には無い強さだ。そういや俺が照を好きになったのもそういうところだっけ。俺が越えられない『当たり前』の壁を越えた向こう側で、照もドドンゴさんも自由に生きているように見える。だから俺は……きっと彼らが羨ましかったんだ。俺が絶対に持つことのできない自由な彼らが……)
剣人は自身と照らし合わせて、照とドドンゴ二人への畏敬の念を抱いたようだ。
その感情は次第に自省へと変わる。
(そうだな……。もう十分に分かったよ、自分がどういう人間なのか……。だから……俺もいい加減に覚悟を決めないとな)
そして決意へと至る剣人。
(まずは照に謝ろう。それで俺は、そこからまた新しく始めるんだ)
* * *
――それから、朔夜や尊たち他のメンバーがようやく起き始めた頃。
彼らに先立ち、冒険者パーティが宿を出立することになった。
ドドンゴは隠さなくなった不気味な笑顔で。
エルウッドは魂の抜けたような無表情で。
リーダーのフォレスティーナさんに連れられて、ともかく宿を出発した。
(……大丈夫かな、あのパーティ?)
送り出す照は不安になる。
なにせ事件は解決しても、人間関係は何も解決しないままなのだから……。
(エルウッド君が冤罪を作ろうとしたのはいけないことだけど、でも一番の問題はドドンゴさんだよね……。あんなドМストーカーに粘着されたら、ボクだっていつまで耐えられるか分からないよ……)
冒険者パーティの姿を最後まで見送りながら、照はそんな感想を持ったのだった。
そして照たちも宿屋を出る準備を終え、皆が宿屋一階のロニーに集まり始めた頃――
「なぁ照、ちょっといいか?」
そう言って剣人が照を呼び止めた。
二人きりになると、剣人は素直に照へ謝罪する。
「済まなかった、照。お前が男になった事で、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、どうしていいか分からなくなってしまって……。それで照に当たってしまった……。本当にごめん照」
「剣人……いや、ボクも悪かったんだ。自分が男になれたことで浮かれてた。それで剣人の気持ちも考えずに行動して……。ごめんよ剣人」
「いや照、本当に謝らないでくれ。俺が一方的に悪いんだって事くらいもうちゃんと分かってる。照の言ってた『マニュアル人間』というのが、まさに俺のことだった。そんな狭い価値観でしか物事を見れない、俺はそんなちっぽけな人間だったんだ……」
「け、剣人……」
いつになく意気消沈した様子の剣人に、照は努めて明るく返す。
「元気出してよ剣人! とにかくさ、今回はどっちも悪いって事で仲直りしないか? それでお互い水に流して、また今まで通りの友人に戻ろうよ」
「照……お前はまだ俺を友人だって言ってくれるのか?」
「当然だろ! 何があっても剣人はボクの親友だからね!」
「ありがとう……本当に照は凄いな」
落ち込んでいた表情を少し崩し、優しく微笑みながら剣人が続ける。
「照は何があってもブレず自分の気持ちに正直に、自分なりの信念と価値観を持っている。俺には真似のできない人生を生きていて、そんな照だからこそ俺は好きになったんだろうな」
「ふぇ? そ、そうなの……?」
突然の誉め言葉に、戸惑いながら照れる照。
だか剣人の話は、ここから少しおかしな方向へと向かう。
「あのドドンゴさんもそうだ。照と同じであの人も、俺には決して越えることのできない壁を越えた人だ。羨ましいよ……」
「うっ……それはちょっと……。ドМストーカーと同じカテゴリーにされるのは不本意というか……」
「でも……俺はようやく決意できたよ。二人を見ていて俺もいつまでも今のままじゃダメだ、越えられないと思っていた壁を今こそ超えなきゃいけないんだって」
「えっ? 待って剣人、これどういう流れ? 今までは仲直りして友人に戻ろうって流れじゃなかったっけ?」
急に変わった話の展開に、目を白黒させる照。
構わず剣人が話を続ける。
「特に己の愛を熱弁するドドンゴさんの姿には勇気を貰えたよ。己の性癖をあれだけ堂々と語れるなんて、並みの胆力じゃ出来ない正直さだ」
「いやそれはおかしい! あんなドМストーカーなんかに感化されちゃだめだから!」
「彼があのとき言った『吾輩の愛をそのような狭義の価値観に留めないでもらいたい!』ってセリフ、あれには心が震えて感動さえ覚えたよ」
「確かに言ってることはカッコイイ風だけど、それってド変態が言ったセリフですよ!?」
「だから俺も決めたんだ。俺の愛だって、男や女じゃ括れない、ただ照にだけ向けるべきものなんだって」
「違う、そっちじゃない! ストーカーに感化されてBLルートとか、ボクが求めてたゴールはそれじゃない!」
必死に否定する照だが、もう剣人は止まらない。
「――照、俺はお前が好きだ! 男になっても愛してる!」
「何でこうなったぁあああああっ!?!?」
こうして、とある宿場町で起きた事件は解決し――
――一人の少年が新たな扉を開いたのだった。
――第七章へ続く。
今回で六章終了です。
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