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ラディエナは今日も優雅に茶をしばく

ラディエナ・ユーフェン。

彼女は有名な人物であった。

この国のみにとどまらず他国へとその名を轟かせている。

しかし人によって彼女を知っている理由は異なる。

ある者は彼女を麗しい淑女だと言う。

またある者は勇ましい騎士だという。

そしてある者は水の精霊王と契約した底知れぬ力を持つ人間だと言う。


これはそんなラディエナと彼女を取り巻く人々の物語である。






第十三公国、またの名をグロックンタンダード、略してグタダと呼ばれる国の、とある学園。

国内にある十の学び舎の内、武術科と魔術科と商術科の三つが併設される最も歴史ある学園の、卒業パーティで。

ひと騒動が起きていた。


国内随一の教育を施すこの学園は身分の上下に関わらず能力で入学可能でありクラス分けももちろん能力別だ。

たとえ王族だとしても無能であれば低いクラスに行くこともあるし、平民だとしても努力し励めば上のクラスに行くことができる。

学園の理事長が現国王の弟ということもあり入学にコネを使うことは不可能。

まさしく実力主義。

そのため学園には国内外問わず自分の才能をもっと伸ばしたいと望む者が多く足を運ぶ。


話を戻して卒業式。

元学園生の寄付金や学生自身のイベントでの集金により行われる学園の行事はどれも華やかなものだが、式やパーティを含めた卒業イベントは格別の華やかさである。

卒業式の後行われる卒業パーティでは生徒たちは各自自分を着飾り、最後の学園生活を謳歌するのだ。

卒業生だけではなく在校生も制服で参加可能であり、皆別れを惜しむ。


そして会場の真ん中で、事が起きているようだ。

立っているのは我が国の第三王子。横には可愛らしい女性を、そして後ろには数名の高位貴族の友人を引き連れ、彼は声高に言う。


「ラディエナ!ラディエナ・ユーフェン!こちらに参れ!」


ざわざわとする生徒、何事かと慌てだす教師。

王子はその様子が見えていないのか、自身の拳を強く握りしめた。


「卒業という晴れの舞台で、ラディエナ・ユーフェン、貴様の悪事を白日の下にさらし、悔い改めさせよう!そして貴様との婚約を破棄し、我が愛しのオリビアとの婚約をここに宣言する!」


王子の拳にそっと手を添えるのは横にいた女性で名を呼ばれたオリビア・ガオバルト子爵令嬢であった。


「ベルス様…。私、あの方とお会いするのかと思うと、怖くて怖くてたまりません…。」


うるうると潤む瞳に王子は「かわいい」と彼女を抱きしめた。


「あぁ、オリビア。安心しろ。お前の恐怖は今後一切訪れないこと、俺がこの場で約束しよう!」


「王子…!」と王子の体に身を寄せるオリビア、そしてそんな二人を温かい目で見る後ろの友人たち。


「さぁ、ラディエナ!お前の罰はもう免れないぞ!」


しかし。

彼らと対するように開けられた会場中心の空白には誰も居らず。


「ラ、ラディエナはどこに隠れているのだ?!」と激昂する王子たちのもとへ、一人の生徒が「あの~」と手を挙げた。

現れたのはラディエナの二番目の弟。

一年生の制服を纏い、彼女と同色の銀髪に母譲りの緑色の目を持つ美青年だ。

しかし彼の性格は穏やかというか、おっとりしているというか。

ふわふわとしている掴みどころのない、いつもヘラヘラと笑っているお調子者である。

その手には肉がいっぱいに積まれた皿が。


「すんません~王家お抱えのシェフの料理とかあんま食べられないので~。夢中で食べていたら用事を忘れていました~。」


「いっけね~」と軽く言いながら、近くにいた生徒に皿を渡した彼が取り出したのは手のひら大の水晶玉。名を投影水晶という。遠くのものを映像として映し出すことができるものだ。

使用者制限がかかっているため決められた言葉を唱えなければならない。

彼が言葉を口にすると、会場全員が見えるほどの巨大な映像が空中に浮かび上がった。


そこに映っているのは一人の女性だ。


『姉さん。おーい、姉さん。』


彼女に呼びかける撮影者はラディエナの一番目の弟である。

つまり映っている女性は、王子たちが待ち望んでいたラディエナ・ユーフェンその人であった。

しかし会場にいる多くの人間はその姿を見て赤面せずにはいられない。


彼女は今、剣を振るっていた。

一人稽古をしているようで、流れるように次々と技を繰り出す。

しかしその恰好がいけなかった。

訓練で息が上がり、呼吸がしにくいからと外された上三つのボタン。

剣を振るいやすいようにと長袖をまくっているため、普段は見えないが露になっている細い腕。

運動したことによって流れる汗が頬を伝い、首を流れ、シャツの中へ入り込んでいく。

火照ったことを表すようなピンクの頬も頂けない。

ひと段落ついたのか、額の汗を拭おうと持ち上げられたシャツの裾から見える細くしなやかでしかし鍛えられていることがくっきりと分かる腹や脇。


あまりの刺激に倒れる者や鼻を抑える者までいる。


『…?何を持っているんだ?トルトン』


この一言に、キャーと会場からは悲鳴が上がるが、映像は続く。


『別に気にしなくてもいいものだよ、姉さん。それよりも、卒業パーティ、本当にいかなくても良かったの?皆姉さんが来るのを楽しみにしていると思うのだけど。』


『確かに友には会いたいが、卒業パーティは任意。私は明後日に騎士団入団試験が待っている。パーティに行っている暇などない。それに友にはまた後日会う約束を取り付けた。何ら問題はないだろう。』


『そうなんだ。あぁ、でもなんか問題が起きてるらしいよ。なんでも第三王子殿下が姉さんの名前を大声で呼びつけて、姉さんの悪事を白日の下にさらしてやる~とか婚約を破棄してやる~とか叫んでいるんだって。会場にいるゼルネアンがさっき報告してきた。』


ちなみにゼルネアンはラディエナの二番目の弟である。

ラディエナはタオルで汗を拭っていたのだが、顔を上げてその顔に疑問符を浮かべた。


『第三王子…?あぁ、ベルス殿下か。殿下がなぜ学園にいるのだ?』


それを見て「はぁ?!」と驚愕したのは第三王子である。


『姉さんの同級生だからだよ。ほら、第三王子殿下も学園に通ってたでしょ。まぁむこうは魔術科だったけどね。』


『そうか、どおりで記憶にないと思ったんだ。武術科にいる生徒は皆、覚えているからな。』


その言葉に野太い声が会場で上がる。


『というかなんだ、その、悪事とか婚約破棄とか。私が学園内でした事など些細なものだぞ。』


『姉さん。それは姉さん基準の悪事だよね?避難命令出てたのにドラゴンを一人で討伐したことや学園地下で黒魔術と白魔術を使った悪魔召喚の儀式に乗り込んだこととかは、僕、まだ許してないから。』


『ぐっ、それは、悪かったと思っている…。』


その話を聞き、他にもこんなことがあったとかあの時のお姿は素晴らしかったなどの声が会場で広がる。


『しかし婚約破棄は皆目見当もつかないな。そもそも私には婚約者などいない。』


さらっと告げられた爆弾発言、に驚いたのは王子たちだけだ。

他のものたちは元々知っていたため驚くことなどない。逆になぜ王子たちがそのような勘違いをしているのかがわからなかった。


『そうなんですよね…。そもそも王族の婚約者探しの際に姉さんに勝手に惚れたあのクソ、おっと失敬。第三王子殿下が婚約を申し込み姉さんが拒否して王族も拒否を受け入れたのにも関わらずなぜかずっと勘違いをしていたんですもんね、あのお方。ハハハハハハハ。』


『ふむ…何かしらの誤解があったということか。これは直接話に行ったほうが良いな。』


『え、姉さん?ちょ、待って?!どこ行くの?!』


『卒業パーティだ。』


映像の向こうで慌てるトルトンと何かを探しに行くラディエナ。


『大丈夫だ、トルトン。私なぞ誰も気にはしない。すぐに戻る。』


目的のものを見つけたのか、ラディエナは一つ高い口笛を鳴らした。

すると遠くにあった小さな塊が動いたかと思えば、ぐんぐんと大きくなり、現れたのは巨大な(ドラゴン)である。

ラディエナが学園入学前に従えていた竜であった。


『行ってくる。』


軽く背に乗るとラディエナは竜に乗って飛んで行ってしまう。


『姉さんを気にしない人間とかいないし…。というか化粧も何もしていないのに…。』


まぁいいか、と呟くトルトンの声だけが静まり返っていた場に響いたかと思えば、会場は騒然とする。

興奮を止められないのは、生徒だけでない。

教師までも興奮し、先ほどよりも慌てていた。

自分の役目が終わったのを理解したゼルネアンは会場中に広げていた画面を手元に縮め、向こうにいる兄へ「終わっていい?」と訪ねた。


『あぁ。姉さんがついたら悪い虫がつかないようにしてくれよ。』


「あたりまえでしょ~」


そうして投影水晶は終了を示すように光を消す。

だが会場は静まらない。


落ち着く暇もなく、それは現れる。


示すように誰かが叫んだ。


「ド、(ドラゴン)だ!」


遠くに見えた竜はすぐにその姿を現したかと思えば、その背に乗っていた人――ラディエナが魔法で宙に浮き、竜を撫で会場のバルコニーに降り立った。

画面で見ていた通りの彼女の突然の登場にそこかしこから立ち上がる悲鳴と悲鳴と雄たけび。


人々からの視線など物ともせず、彼女は優しく微笑み美しいカーテシーを披露する。

服装は騎士の練習着であるため体のラインがドレスよりもはっきりとしてしまっているのだが、体の軸のブレや乱れなど全くないため逆に美しさが際立っている。


「ラディエナ・ユーフェン、馳せ参じました。」


見た目こそ常と違うものの、それは彼らが知る“完璧な令嬢”のラディエナだった。


「して、私をお呼びの第三王子殿下はどちらに?」


ほほえみと共に開かれる道。

誰もその歩みを邪魔する者はいない。

すぐに辿り着いた王子たちの前で彼女はもう一度美しい礼をとる。


「殿下、本日は相互の誤解を解きに参りました。このような恰好でお目汚しかと存じますが、何卒無礼をお許しいただければ幸いです。…殿下、発言をしてもよろしいでしょうか?」


すでに驚きで頭が回らなくなっている王子。「へ、は、うん。」との答えに「ありがとうございます。」と丁重に返したラディエナはまっすぐに彼らを見つめた。


「私と殿下の婚約についてですが、初めからこの婚約は結ばれていなかったこと、殿下へ正確にお伝え出来なかったことをここに謝罪いたします。報告を他者に任せてしまった私の罪にございます。どうかお許しくださいませ。また、私が把握しております自分の悪事については、全て国王陛下を始めとした方々からすでにお許しの言葉を頂いております。もし私が把握しきれていないものがございましたら、厚顔ながらご教示いただきたく存じます。」


先ほどの勇ましい彼女を見ていた王子たちは“完璧な令嬢”に目を白黒させるばかりだ。

王子が何かを言う前にラディエナは王子の腕に抱えられたオリビアの姿を目に入れ、「まぁ」と声を上げた。


「私との婚約を破棄したい旨を仰っているとお聞きしましたが、なるほど。そちらのご令嬢との婚約の妨げになることを懸念されたのですね。」


にこりと微笑む姿に王子だけでなくオリビア、そして周りの生徒たちまで赤面してしまう。


「ご安心を、殿下。私と殿下の間には先ほどもお伝えしたように何の関係もございません。愛し愛される方と末永くお幸せになること、心よりお祝いいたします。」


情報が多すぎて何が何だか分からなくなってきた王子たちは立ち尽くすしかない。

その間にラディエナはもう用はないと「せっかくの卒業パーティ、私のような無粋な人間は早々にお暇させていただきます。では皆様、引き続きパーティをお楽しみくださいませ。」帰ろうとするではないか。

王子としては、婚約していない、悪事も多分なさそうなラディエナにこれ以上の追及は無理だと分かってはいる。だが、王子というこの国では高貴な存在であるのに、全く意中にもありませんとはっきり言われては、簡単に帰せないというプライドがあった。

だからと言って何を話すのかさえ思い浮かばないまま、王子は一歩踏み出し、「ラディエナ、」と呼びかけた。


しかしその声がラディエナに届く前に、歩いていた彼女の前に立ちふさがる者たちがいた。

彼らの姿にあちこちから悲鳴と雄たけびが沸き上がる。

ラディエナ同様、パーティにふさわしいとは言えない騎士の練習着を身にまとった者たち。

彼らもまた国内で有名な人物たちである。


上位の土の精霊と契約をした、アダム・フランキン。

ラディエナが地方に遠征していた際、王都近辺の街を襲った魔獣の群れを騎士たちが到着するまでの一時間の間、土の壁を持ってして一人で迎え撃った人物である。

金の髪と灰色の目を持つ、王子様のような見た目だが、性格は大胆不敵。

豪快に笑い、泣き、食べ、眠る。

彼をよく知る令嬢たちは子供を見るような暖かな目をし、彼をよく知る子息たちは雄たけびを上げ、彼をよく知らない者たちは美しい見た目に感嘆の息を吐く。


上位の火の精霊と契約をした、ベンジー。

彼は平民であるのに上位の火の精霊と契約ができるほどの魔力量を所持していた。

学校の課外授業で四名の班活動を行っていた際、突如敵国の歩兵が攻め込んできた。

敵兵を逃がすことなく全員生け捕りにしただけでなく、奇襲をかけられた際に大けがを負ったラディエナの傷を火の超上位魔法で治した人物である。

長い紫の髪と青の目を持つ。顔面の良さや腰まで伸びる長いストレートの髪の美しさに加えて、人見知りによる無口さが一層神秘的感を出して人を寄せ付けない。

彼をよく知る令嬢たちは配慮して近づかず、彼をよく知る子息たちは尊敬の念を込めて拍手をし、彼をよく知らない者たちは美しさに頬を染める。


下位の風の精霊と契約をした、チェイス・ディーワン。

魔力量は少ないが繊細な魔力操作により、地震によって崩壊した建物の下に生き埋めになった人々を見つけ、傷つけることなく助けた人物である。

新緑の髪と目を持ち、優し気な見た目であるが軽薄な性格で、女性を見たら口説かずにはいられない。風のように身も心も口も軽い。

彼をよく知る令嬢たちは黄色い声を上げ、彼をよく知る子息たちはブーイングをし、彼をよく知らない者たちは黄色い声を上げる。


武術科の学生だった三人もまた、彼女が受ける騎士団の入団試験に挑むために、今日の卒業パーティを欠席にしていた。

しかし、彼女が現れると聞いてやってきたのだ。


「よぅ、ラディエナ!今日欠席って言ってなかったか?まぁ別にいいけどな!」


「慌てました…。まだ寮に住んでいたのが幸いでしたが…。」


「騎士団に入らなければ君に会えないと思っていたが、こうしてまた会えたのは神の思し召しか。今日も君は女神のように美しい。」


三人のタイプの異なる美男子たちに見つめられれば誰だって赤面するものだ。

しかしラディエナの顔は変わらない。


「アダム!ベンジー!チェイス!来たのか!」


逆に彼らに会えたことが嬉しいと顔を綻ばす。

ドキリとしたのは、ラディエナの笑顔に耐性のない者たちばかりではない。

完璧な令嬢としてではないラディエナを見慣れている者たちでさえ、つい胸を打たれる。

それは彼女の前に並ぶ三人もだ。


「元気そうで何よりだ!まぁ、先日騎士団入団の願書を提出した時に会ってはいるけどな。」


家来の者に届けさせたり、郵便で届けたり、自分で騎士団に提出する必要はないのだが、四人は自分の足で、手で、入団希望の旨を記した願書を騎士団に提出しに行ったのだ。


「ラディエナ…」


無意識で伸ばされた、アダムの手。

それはラディエナに届く前に叩き落される。


「姉さまに触れないで~汚れちゃうでしょ~?」


「ゼルネアン…!お前、また邪魔をするのか…!」


「邪魔だなんて~、とんでもない、とんでもない。僕は~姉さまに虫がつかないようにしてるだけだよ?」


「お前がそんな態度だと、善い虫までつかなくなるぞ…!」


「大丈夫だよ~善い虫なんていないんだし~」


「なんで二人は私に付く虫の話で盛り上がっているんだ?」


クルッと振り返ったゼルネアンに背を押され、ラディエナは入ってきたバルコニーの方へと歩を進める。


「ゼルネアン?」


「姉さま、そろそろ時間じゃないの~?」


確かにそうだ。あの時間が迫っている。

友人たちとはまた後日会う約束をしてはいるが、こうして会うと話がしたくなってしまう。

また会えるから、と自分の気持ちを押しとどめ、皆に振り返ったラディエナは“完璧な令嬢”に戻っていた。

帰ろうとするラディエナを止める声が響く。

置いてきぼりにされていた第三王子だ。


「な、なぜ帰るのだ?!」


まさか知らないのか、と驚くのは武術科の生徒やラディエナのことを知る人間たちだ。


彼女には習慣がある。

習慣は絶対であり、たとえどんな場面であろうと、彼女は習慣を変えることはしない。


「これから、茶をしばきますの。」


それはお茶を飲むこと。


厳選された茶葉を、適度なお湯を注ぎ、茶葉によって変わる香りと味を楽しむ、お茶。

戦の最中だろうと、魔物との激戦区の中だろうと、彼女は必ず決められた時間にお茶を飲む。

それはとても有名な話であった。


当の本人は、そうは思っていないけれど。

だから第三王子の質問にもにこやかにほほ笑む。


第三王子は混乱を極めていた。蚊の鳴くような「お茶…」という声も、そばにいた令嬢の「しばく…」という呟きも、拾えたのは近くにいた人間だけだ。

納得してもらえたのだろうと判断したラディエナは、来た時と同様にきれいなお辞儀をする。


「それでは皆様、—…」


しかし、皆が見惚れるラディエナとは逆方向。

室内にいくつかある扉の一つが、慌ただしく開かれる。

現れたのは衛兵。


「緊急事態です!」


かと思えば、街の更に外である郊外から、轟音と共に土煙が上がった。

何事かと目を凝らせば、見えたのは赤。

その姿形は、書物などで見慣れた物。


「報告いたします!突如上空より竜の群が到来!竜の群れが到来!その数6!その数6!郊外に降り立ち、街を目指している模様!」


どよめく生徒と教師たち。

一体でさえ脅威となりうる竜が6体もいるのだから、驚き怯えるのも仕方がない。

しかし世界有数であり、国内随一の学園。

恐怖を感じながらも、泣き喚くような人間は誰もいない。

どうすれば竜から無事に助かることができるかを考える。

教師が指示出しのため息を吸った時、会場に響いたのは硬い靴の音だ。

自然と目は音を追いかけて、1人の背中にたどり着いた。

筋骨隆々でもなければ華奢と言えるその背中。

しかし、ブレない、揺るがない、ピンと張った筋に、揺れる銀髪に、頼りないという言葉は思い浮かばない。


「卒業という祝いの場を邪魔するとは、随分と空気の読めない悪戯っ子のようですね。そのような(いけない子)には早いところこの国から出て行っていただかなくては。」


くるりと会場内を振り返る。


「運良く、私は動きやすい格好をしています。皆様は先生方の指示に従い、お早い退出と避難を。衛兵の方。王国騎士団が、逆方向の郊外に実習に出かけているかと。伝令をお願いしても?私はその間、彼らを食い止めますわ。」


衛兵の短い返事を聞き、ラディエナは竜たちへと向き直る。

地上に四体。上空に二体。

こちらを伺うように見ている。

力量を測られている。恐らくラディエナが持つ、水の力が気になるのだ。

竜の色と大きさ、年齢を目測で測っていたラディエナの横に、人が来る。

その数は三人。

彼女と同様、練習着という動きやすい服を着たアダム、ベンジー、チェイス。


「ラディエナばっかに、良い顔させられないからなぁ!」


アダムの言葉にラディエナは輝く笑みを浮かべた。

学園での楽しい日々が思い起こされる。

卒業して、これからは騎士となる。その覚悟もずっと前から十分だ。

しかし今だけは。卒業を迎える今日だけは、まだ学生のままで居たい。


「よし!誰が一番か、勝負だ!」


「絶対に負けないぞ!」


「いつもいつもラディエナに負けてたからね…。学生最後くらい、勝たないと…。」


「騎士への第一歩ってやつかな!華々しくていいね!」


ラディエナの掛け声を皮切りに、彼らはバルコニーから飛び出した。

先陣を切ったのはアダムだ。

雄々しい声をとどろかせ、地上にいる竜の前に巨大な土壁を作り上げる。攻撃されるが、押し返し、新たな壁を作り続ける。

ベンジーは上空を飛ぶ竜に狙いを定めた。ぽつりとつぶやかれた詠唱よりも、彼の持つ強大な魔力によって生み出された炎の矢が、より大きな唸り声を上げながら放たれて竜の心臓を一突き。

落ちてくる竜の下には国民が。

悲鳴をあげる彼らだったが、予想していた痛みも衝撃もない。恐る恐る目を開けてみれば、すぐ近くで止まったままの竜。あまりの恐怖に声も出せずにいると、チェイスが安心させる笑みを浮かべた。そしてベンジーによって討たれた竜を、上空からこちらに向かって突っ込んでくるもう一匹の竜へ向けて投げる。ぶつかったことによりもう一匹も気絶した。もちろん近くにいる女性を口説くのも忘れない。

地上の竜4匹を引き留めていたアダムだったが、土壁の速度が間に合わず、竜が2匹、出てきてしまう。しかしアダムは慌てることはない。壁を破った竜たちの足元には、鋭い形をした土の罠が。踏んでしまった竜は痛みに悶絶し、倒れ込む。その2匹を完全に土が覆いかぶさる。

完全に2匹を封じ込めたかと思ったが、内一匹が土を破壊して出てきてしまう。その竜の手が、すぐ近くにいたアダムに向けられた。

土壁の向こうにはまだ2匹。ここでアダムが土壁を緩めれば、食い止めている2匹が出てきてしまう。

動くわけにはいかないと歯を食いしばったアダムの前に何かが現れる。

光ったのは金属の反射だ。

剣たった一振りで、竜の首を落とす。

銀の髪を揺らした見た目淑女な令嬢は、なんてことない顔で剣を収めた。


「あれ、その剣どこで拾ってきたの?少々武骨だと思うけど、美しい君にならばどんな魔剣だろうと似合うだろうね。」


「近くの武器屋でな。店主に竜と戦うと言ったら気前よくくれたんだ。後でちゃんと返さねば。」


「それ、後で竜を討ちし伝説の剣とか呼ばれそう…。」


「今俺一人で食い止めてるんだが?!」


直後、アダムが作っていた土壁に穴が開く。

一匹の竜によって作られた大穴。


「え、古代竜(エーシェントドラゴン)じゃんか!」


古代竜。現存する竜よりも長い時を生きて、それぞれの特性を持ち、魔法を操る竜のこと。

吐き出されたブレスは炎。高火力の炎はまっすぐラディエナに向けられる。

ラディエナが反応数よりも早く、ベンジーが間に入って同火力の高位魔力によりブレスを防いだ。

しかし流石古代竜。

どんどん威力を増していく炎に、ベンジーの額から汗がしたたり落ちる。

もう駄目かと思われたその時、ベンジーは笑った。


「後は、任せた…ラディエナ…。」


「ありがとう、ベンジー。お陰で間に合った。」


ベンジーの後ろから浮かび上がったラディエナに、古代竜は体を大きく震わせた。

古代竜が恐怖を感じる対象。

ラディエナと、その隣に立つ存在。


『オレの茶会をよくも邪魔しやがったな、ドラ公。』


彼女のスラリ縦に伸びた背と同じほどの背丈。足まで伸びる青い美しい髪。その身に水を纏わせて、人とは圧倒的に違う強い存在感を放つ。

ラディエナが契約した、水の精霊王である。


『楽に死ねると思うんじゃねぇぞ。』


怒りをあらわに古代竜を威嚇する精霊王の肩を、横から伸びた手が叩く。


「落ち着け。馬鹿。」


『っ、おい!こらラディエナこら!このオレを叩くとは何事だこら!』


「うるさい。馬鹿。」


『二度もオレをバカって言ったかごらぁ!』


言い合う二人の姿は、ラディエナに近しい者たちにとっては見慣れた景色だ。

有名な話は、ラディエナがお茶会に一秒遅刻した時の大喧嘩だろう。

お互いが譲らず、最終的に大陸海を抉るほどの喧嘩にまで発展した。


水の妖精王の召喚に時間がかかったのは、彼がお茶会の準備をしていたからだ。


震えていた古代竜は何を思ったか、炎のブレスを吐き出した。

意識が向いていないから勝てると思ったのか。

しかしベンジーの時とは違い、放たれたのは最高威力の炎。

周囲の人間や生き物だけではなく建物さえも燃えつくさんとする炎。


『「邪魔だ』」


同化した二人はただ手を前に伸ばした。

手から何かが放出されるわけではない。

宙に浮かぶのは巨大な水の塊。古代竜さえ包み込んでしまえるほどの、大きな湖ほどの水量。

古代竜が気づいたときにはもう遅い。


『「水へ還れ』」


水の中でうめき声さえ上げられず、大量の水と共に古代竜は消え去った。

水の妖精王は荒く息を吐く。


『あんな雑魚ごときでオレを呼んでんじゃねぇよ。雑魚が。』


「今はまだ雑魚だが、いつか呼ばずとも倒せるようになる。」


『はっ!いつになることやら!』


「私が淹れたお茶しか飲まない癖に威張るな。雑魚。」


『ほんっっっっっっっとうにお前は可愛くねぇなぁ!』


再び喧嘩が始まるかと思われたが、水の妖精王とラディエナの動きが止まる。


「これは、間に合うか?」


『間に合うか間に合わねぇかじゃねぇ。間に合わせんだよ。』


逃げて他の国民を襲おうとしていた最後の竜を指先から放った水だけで倒した二人はその様子を固唾を呑んで見守っていた人々に向き直る。


「お騒がせしてしまい、大変申し訳ございませんでした。また火急のため、後始末を付けずに御前失礼すること、お許しくださいませ。」


下にいたアダムたちは気にするなと笑った。

良い友人を持ったことがラディエナは嬉しくて笑みを深める。

アダムたちはそれぞれの能力を用いて、怪我人や建物の修復に当たっている。すぐさま王国騎士団が駆け付けるだろう。

来た時と同じ竜の背に、水の精霊王と共に乗り込む。


「それでは皆様、ごきげんよう。」


竜の背に乗り遠ざかるラディエナの姿。

興奮を抑えられない生徒たちと、呆然とする第三王子殿下たち。

アダム、ベンジー、チェイスの三人も、ラディエナを見送ってから会場を出ていく。

落ち着きを取り戻していく会場内で、第三王子たちに近づく者の姿がある。

姿を現した時と同様に、ヘラヘラと笑い、フワフワとつかみどころのない青年。

他の人間が会場にはいない四人に気を取られている中、ゼルネアンだけが彼らを見る。


「この報いは必ずや、お受けしていただきますから~」


決して大きくはないが、しっかりと彼らの耳にその言葉は届いた。


王国騎士団の早々の帰還により古代竜含めた六体の竜による被害は想定よりも被害を出すことなく速やかに収束。建物の復旧もひと月も掛からないだろう。


学園の卒業バーティから二日後の騎士団入団試験で、異例の結果を残しつつもラディエナ含めアダム、ベンジー、チェイスらが合格することも。

その後、王国騎士団に入った彼らが数々の事件を解決することも。


ラディエナが誰と結ばれるかも。


今はまだ、未来のお話である。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

また別のお話でお会いできるのを楽しみにしております!

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