第五話 戦いから逃げた老人
冬も終わり、春になった。
結局じじいの小屋に二か月ほど居たことになる。
シーナは、魔物退治に相当警戒しているらしい。
俺は.....あまり魔法が上手くなったイメージがしない。
浮遊はまだ出来るようになってないし、強くなった部分がわからない。
シャロットに教えてもらえたのである程度は上手くなったが。
シャロットは俺とは違い、明らかに成長している。
これまで固体のみの浮遊しか出来なかったが液体の浮遊に今挑戦している。
これができれば水や油が操れるので大規模な攻撃ができるだろう。
「シャロット、クレイ、稽古を見てやる。」
あのじじいはまだ名前を間違えている。
訂正するのもめんどくさくなったんだがな。
「グレイ、複数発動を意識するのよ?」
「はい、もちろんです。」
シャロットは俺にアドバイスをしてくれた。
シャロットが言うには、俺の魔法は発動が速いらしい。
そこを利用して、複数発動を連続的にすることで浮遊ができる....らしいのだが。
まだ複数発動すらままならない。
「クレイ、見せてみろ。」
「はい。」
俺は集中して、石を上に投げあげる。
そして様々な方向から発動できるように複数発動を意識したが.....
石がぶれて、最後はどっかに吹っ飛んでしまった。
「ふむ、前より良くなってる。あとは積み重ねだ、私から言うことはない。」
「ほ、本当ですか?」
「.....少し嘘ついた。発動の速さで補っているが浮遊の基礎とは違う。
複数発動をもう少し意識しろ。」
「はい....」
嘘つきやがって、意識ってなんなんだ?
「グレイ、あとで私が教えるわ。
最初よりかなりマシにはなってるから。」
「最初はひどかったと。」
「当然よ」
シャロットもシャロットで当たりが強い。
教えてもらってるので文句は言えないが。
「じゃあシャロット、油を浮遊、着火できるか?」
「......できるわ。」
シャロットは腰のポーチから瓶に入った油を出す。
それを一滴垂らす。
とても集中しているようで、その目にはその油一滴しか見えていないようだった。
そして、魔法を複数発動した、おそらく油の周りに2から3の発動数だ。
しかし、永続的な発動ではなく、連続的に発動する。
2、3の発動を連続的に発動するのだから、油の周りにはいくつも発動しているような状態になる。
油が燃える。
ほんの1~2秒だったが、たしかに炎がそこに浮いていた.....。
「はあ、はあっ......じい、どう?」
相当疲れたのだろう、シャロットは息切れを起こし、肩が上下に動いていた。
「やはり、グレイと練習したのが功を奏したな。
まだ数秒だったが、いずれ出来るようになるだろう。よくやった。」
シャロットはじじいの言葉を聞いたあと、笑ってその場に倒れた。
「シャロットさん!?」
「大丈夫.....少し、疲れただけ。
.......心配するなら、水くらい、持って来なさいよ......。」
シャロットは笑ってこっちを見ていた。
シーナがシャロットを抱えて小屋の中に戻り、ベットで寝かせた。
相当疲れたのだろう。
じじいは椅子に座り、シーナと机を挟んで向かい合う。
隣には寝ているシャロットがいた。
「シーナ、もう私が教えることはシャロットに教えつくした。
シャロットを旅に連れていけ。」
「......それは、シャロットにとって酷ではないか?」
「私は、罪滅ぼしをしていただけだ。
しかし私も歳、いつかシャロットを置いていくことになる。」
シャロットを想って、か。
じじいはなぜシャロットを育てているのだろう?
「罪滅ぼしって、なんのことですか?」
じじいは少し俯いた。
「少し長くなるが、いいかな?」
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10年前のことだ。ちょうどシーナが来る前だっただろうか。
私たちは魔導師の集落にいた。ちょうど次の町、ヘルメースの近くだ。
魔物の襲撃から生き延び、皆でまとまって魔物の脅威に対抗した。
私はすでに老体で息子も孫もいて、幸せだったさ。
残りの余生も穏やかに暮らせると思っていた。
だが、一つだけ問題があった。
息子が魔法を使えなかったのだ。
男は集落を守る、それが掟だった。
私にとっては面汚しのように見えたよ。
だから、何度も罵った。
努力をしろ、成果をだせ、戦えないのなら出ていけ。
もっとひどいことも言っていただろうな。
息子を嫌いだったわけじゃない、だが立場のない息子を守りたかった。
それも言い訳かもしれないが。
そんな中、集落に魔物が襲撃してきた。
これまでも何度か襲撃はあったが、その時は数が違った。
集落の防壁をあっという間に破壊し、人々を蹂躙した。
ああ、月光狼だったよ。
君の集落を襲った奴らさ。魔物の中でもっとも賢く、もっとも強い。
そんな魔物が大量にくるんだ、かないっこなかった。
私が助かったのは.....息子のおかげだった。
魔法を使えなかった息子は剣で対抗し、力尽きるまで私たちを守ってくれた。
最後に息子が言ったのは、「不出来な息子で、ごめんなさい。」だった。
私は赤子のシャロットを抱えながら泣いたよ―――
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じじいの声は震えていた。
「私は、魔物に対抗せず逃げてしまった。
息子の仇を取ったわけでもない、逃げたんだ。
これが、私の罪だよ。」
「.......なら、あなたが死ぬまでシャロットを見てあげたらどうですか。」
じじいはふっと笑い、手をテーブルの上に置いた。
手は、思い通りに動いているようには見えなかった。
「私が今生きているのは、魔法で体を動かしているからだ。
魔導炉を外したら、ここで死ぬだろう。
もう限界なんだ、シャロットを起こしてくれないか?話をしたい。」
俺は、シャロットを起こす。
さっきまでの話は、すべて聞いていたようだった。
「シャロット、すまなかった。
私はお前を育て上げることができなかった。」
「.....ううん、そんなことないわ。じいに学んだこと、全部覚えているもの。」
「そうか、そうだな。
それとお前さん、クレイに頼みがある。」
「なんでしょう....?」
じじいの声は今にも消えそうだった。
シャロットはずっとじじいの手を握っている。
「失われた魔法は多い、これからも失われていくだろう。
だから、お前さんには魔法を残してほしい。」
じじいは、数多くの魔導師の仲間を亡くした。
その人たちの記憶、想いを探して、残してほしいのだろう。
「はい、わかりました。」
「あと.......シャロットを頼む―――」
じじいの声が途絶える。
「じい、じい......!」
シャロットが泣き崩れる。
この二人は、親子だったのだろう.....。
小屋の横に、じじいの墓を立てた。
突いていた杖を墓標として、埋葬する。
シャロットは終始涙をこらえていたが、シーナは何かを失ったような顔だった。
「シャロット、今日から私の旅に付き合ってくれないか。」
「.....いいわ、あなたの旅を助けてあげる。
本当はこのガキがいなければ最高なんだけど。」
またさらっと攻撃してくる......
まあ、こうして俺とシーナの旅にシャロットが加わった。