第三話 父親
シーナと俺は町に向かって移動を続けていた。
「シーナ、あとどれくらい?」
「あと半日もしない。もうすぐだ。」
そんな話をしていたら畑が見えてきた。
季節は夏、農作業している人がいた。
第一村人発見だ。それに、シーナ以外に人を見ていないから第二異世界人でもある。
「グレイ、くれぐれも町で喋ったり魔法使ったりするなよ。」
「わかってるって。」
やっぱり異世界だからといって赤子は喋らないらしい。
そもそも、今喋っているのが日本語かどうかというのはわからないしな。
もし異世界後だとすれば、どうして理解できているのかは疑問だ。
「農作業中すまない、この先の町に宿はあるか?」
「ああ、宿は”残ってる”よ。」
「残ってる?」
「ああ、ちょうど半年前くらいに魔物に襲われて、壊されたものも多いんだよ。」
どうやら、これから訪れる町にも魔物が襲来したらしい。
俺の故郷といい、物騒だ。
町に入ると、さっそく壊された壁が出迎えてくれた。
魔物との戦闘で壊されたものなのだろうか。
ところどころ、綺麗な円状に壁が貫かれている。
(シーナ、あれも魔法?魔物も魔法使うの?)
「喋るなと言っただろう.....あれは魔導師の戦闘の跡だろう。
きっと、この町は魔物と戦い、退けたのだろうな。」
シーナの声に悔しさがこもる。
まあ、シーナは悪くないと思うんだけどな。
「これは.....シーナ様ではありませんか?」
「ん?」
初老の男性がシーナに話しかける。
「以前会ったか?」
「いえ、祖父から聞いたことがございまして。
申し遅れました、私はこの町の町長です。
立ち話もあれですので、ぜひ私の家でお茶でもいかがでしょうか。」
町長の屋敷はそこそこの家だった。
この町も町というほど大きくなく、村というほど小さくない、そんな感じだ。
「シーナ様、村に訪れたということは魔物を討伐しに来たのでしょうか?」
「いや、この町には会いたい人がいてな。魔物に関しては次の町を拠点にしようと思っている。」
「左様ですか、実はこの村も魔物に襲われまして。
祖父は『碧眼の女剣士が来たら、魔物の討伐を頼れ』と。」
このじじいの祖父がシーナのことを知ってるとなると.....
シーナって何歳なんだ?それとも世襲なのだろうか?
「だが、この町の様子では魔物を退いたように見えるのだが。」
「はい、確かに退けました。しかし、その功績を立てた戦士は死んでしまったのです。」
「相打ちだったのか。」
「はい、それに戦士は特別な術を持っていたようで、そのおかげで退くことができました。」
たぶん、その術がさっきの円状の跡の原因か。
今のところ魔法は物を動かすくらいしか知らないから、ぜひ覚えたい。
「その戦士の遺品は残っているか?」
「?ええ、たぶん墓には入れてないと思います。家族が持ってるかと。」
「その家族の元に案内できるか?」
「ええ、もちろんです。」
町長が案内してくれたのは町はずれにある家だった。
石作りで、しっかりしている。
「ヴェスタさん、来客です。」
町長がドアを叩くと、出てきたのは5歳くらいの女の子と、きれいな女性だった。
「町長....?どうしたんですか。」
「私はシーナという、あなたの夫について話が聞きたい。」
女性は顔をゆがませた。
「それで、話っていうのは.....?」
「あなたの夫が持っていた機械のような物、あるか?」
「......なんでそれを?」
シーナはこの空気がわからないのであろうか。
家の中には険悪な空気が漂っている。
「私は、その機械を次の戦士のために使いたい。
だから、私に譲ってくれないか?」
機械というのは、魔導炉だろう。
あまり価値がわからないが、高そうではある。
「もし、嫌だといったら?」
「.....私は諦めずに何度も訪れよう。」
シーナの旅の目的の一つは俺を育てること。
もう一つはたぶん、魔導炉を回収することだろう。
シーナは俺の故郷に来た理由を魔物を退治するためと言っていた。
しかし、きっと俺の父に会うためだったんじゃないだろうか。
きっと、魔導炉は魔物をひきつける何かがある。
それを回収し魔物の被害を抑えるため.....なのかもしれない。
推測でしかないがな。
「わかりました、機械を譲ります。」
「では――」
「しかし、この町の周りの魔物を倒して頂けませんか?」
たぶん、シーナとしては目的の範疇だろう。
ただ、俺は旅が遅れることが不安だ。
シーナがどこかに留まれば、どこかでまた被害が起こる。
「.........いいだろう。しかし、一年以上はかかる。それでもいいか?」
「はい。魔物を倒しきることは、夫の夢でしたから。」
「シーナ、良かったの?」
「.....あまり良くないだろう。」
「じゃあ―――」
「だが、ここを見捨てるのも良くないだろう。」
まあ、そうなんだろうが。
「それに、魔物の様子が変だ。
まるで、誰かの意思があるように。」
「そもそも、魔物ってなんなの?
人襲って、なんか利益ある?」
シーナは唸る。
「その話はまた今度だ。
それより、魔物退治の計画を立てよう。」
逃げた。シーナは面倒な話になるとこうやっていつも逃げる。
「シーナ、魔物の種類は?」
「おそらく、月光猪《アルテミ・ボア―》だ。
よくいる奴らだが、集団で戦うとなるときついな。」
「あの人の夫が使ってた魔法なにかわかる?
あれだったら楽そう。」
「私は物を動かす程度しか知らん。
お前の方が物知りなのだから自分で考えろ。」
ったく、偽りでも育てるんじゃなかったのか?
「やるとすれば各個撃破だ。地道だが、確実だ。」
「そんな簡単なの?」
「簡単じゃないから一年以上かかると言ったんだ。」
「ねえ、」
後ろから声がする。
振り向くといたのはさっきの家の女の子だった。
「やあ、お嬢ちゃん。私になにか用かい?」
「お父さん、帰ってこないの。見つけてくれる?」
おっと.....これは難しいな。
まだ、父親の死がわからないのだろう。
こればかりは何も出来ない。
するとシーナはしゃがみ、女の子の頭を撫でた。
「お父さんは、見つかるさ。私たちが見つけるよ。」
「本当?」
「ああ。」
女の子は頷き、家に戻っていった。
「シーナ、いいのか?」
「ああ、それにたぶん、本当にいるかもしれない。」
大人は誤魔化してばかりだな。
俺とシーナは魔物を狩るため、森の中に張り付いていた。
「シーナ、もうそろそろ俺も普通のもの食べたい。」
「静かにしてろ、魔物に逃げられるだろ。」
真夜中の森、明かりもつけず静かにする。
現代人の俺には相当怖いが、シーナがいるので安心も感じる。
腐っても育て親だな。
周りの木々はひっそりとしていて、たまに物音が聞こえる。
シーナはその音を聞き分けているようだ。
「グレイ、11時の方向に1体。
体重が70kg以上、雄だろう。」
「何すればいい?」
「小石をいくつか撃って牽制、それと私の動きを魔法で加速してくれ。
剣で一突きにする。」
俺は魔法で体を動かしながら、小石を拾う。
魔法で動かせばいいと思うかも知れないが、まだ力の加減もできないので下手すれば自分に小石が飛んでくる。
「シーナ、準備出来たよ。」
「では、いくぞ。」
俺はシーナの背中にしがみつきながら自分たちの体を一気に加速させる。
猪たちのもとにぶっ飛び、俺は猪が逃げないよう、周りに小石をぶつける。
シーナの剣が、猪を貫く。
「ふう、倒せたな。」
「これだったら一週間で終わらない?」
「馬鹿言え、今日出会えたのは幸運だ。本来なら一週間に1匹見つかればいいほうだろう。」
まじか、でもそれまでには自分の魔法も上手くなっているだろうか?
いままでのように生活の中で使ってきただけではシーナを支えきれない。
もう少し、強くなるべきだ。
「このまま場所変えて野営をするぞ。」
「ええ、町に帰ろうよ。」
「それだと2年になる。」
仕方ないか。
しかし今日は倒した猪がいる。細切れにすれば俺でも食べれるだろう。
そうやって俺とシーナは徐々に猪を倒していった―――。
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一年半ともう少しかかって........
ようやく、ここらの魔物の討伐が終わった。
予定より遅れたが、シーナが言うにはあと10年は魔物が町に訪れることはないと言っていた。
シーナはまた10年後来るつもりなのだろうか.....俺の気持ちも考えてほしい。
それと、戦士の家のヴェスタさんとも仲良くなった。
女の子も仲良くしてくれて、楽しかったかもしれない。
「今回の魔物の討伐、本当にありがとうございました......!」
「いや、もともと私の仕事だ。気にするな。」
ヴェスタさんはとても嬉しそうで、今にも泣きそうだ。
亡き夫の夢が叶ったからだろうか?
「本当は、嫌がらせだったんです。
すぐ投げ出して、諦めてくれるだろうと。でも、シーナさんは諦めなくて.......
シーナさんには感謝と、謝りたい気持ちで―――」
「いい、私も夫の遺品を譲ってくれなど、無理なことを言ってすまなかった。
申し訳ない。」
「シーナさんが謝ることはないんです。それこそ私からもすみませんでした。」
最初のころと違い、今は険悪なムードなど流れていなかった。
一年半もこの町にいれば、誠意も伝わるのだろう。
「では、これを.......」
ヴェスタさんが出してきたのは、俺の持っている魔導炉とは違う、大きめの魔導炉だった。
戦いの時についたのであろう傷がいたるところにある。
「ありがとう、大切に預からせてもらう。」
するとシーナは俺に渡してきた。
「グレイ、調べてみろ。」
「う、うん。」
ヴェスタさんの前で喋るのは初めてだったので少し驚かれている。
娘さんとは暇なときにお話していたんだがな。
今持っている魔導炉を外し、亡き戦士の魔導炉を実際に使おうとする。
自分の体に魔法を使ってみるが......魔法が発動しない。
「シーナ、これ壊れてるかも....」
「だったら、自分の魔導炉を持って使ってみろ。」
だとすればどうなるのだろう、直りでもするのだろうか。
自分の魔導炉を装着して、壊れた魔導炉を使おうとしてみる。
なんだ、これ、なにか......
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「月光猪《アルテミ・ボア―》がすぐそこまで来ているぞ!」
「戦士は、戦士はいないのか!」
目の前に混乱した人たちが見える。
ここは、おそらくこの町だろう。
視点が動く、走っているようだ。
右手には杖が握られている。
「ガアアアアアァァ!!」
現れたのは、大量の月光猪《アルテミ・ボア―》。
数は20体以上いる。これを一人では無理に決まっている。
「家族がいるんだ......この町に手出しはさせない!!」
視点が大きく動く。
この体は杖を構え、ビーム状の魔法を撃っていた。
その光は、次々に猪を捉えていく。
しかしやがて、この体の動きが鈍くなる。
最後の一匹となったとき、視界は暗転した―――
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「... レイ、......グレイ!」
目が覚めると、シーナが心配した顔でこちらを覗き込む。
「よかった.....いきなり倒れるとは思わなかったからな。」
「なにが起きるかくらい言えばいいのに。」
「すまなかった。ほら、好きな料理でも作るから。」
それはそれでやめてくれと思う。
「それで、見えたか?」
「うん、これヴェスタさんに話した方がいいよね。」
俺はヴェスタさんと娘さんに向き合う。
「今、ヴェスタさんのご主人の記憶が見えました。」
「おとうさん、いたの?」
「うん、いたよ。」
この子ももうわかっているだろう。
しかし、望みは捨てきれない。
「ご主人は、最後までヴェスタさん達を想っていました。
だから、戦いきったのだと.....。」
「......!
そう、ですか。なんと言っていましたか?」
「家族がいるからこの町には手を出させない、と。」
ヴェスタさんはその場で崩れ落ちた。
少し、悪い気分にもなる。
「ありがとうございます....本当に、ありがとうございました.....。」
そうして、猪討伐は終えた。
「シーナ、本当にいるかもしれないってあのことを言ってたのか?」
「ああ、魔導炉には記憶が入り込む物だからな。」
俺に言ってなかったことに腹が立つ。
隠さなくても良かっただろうに。
「あの女の子はまだ理解できないと思うよ?」
「それでも、見つかったと言えば見つかったじゃないか。
お前の父親の記憶も、その魔導炉にあるかもな。」
あったとしても、興味ない。
俺はこの世界の両親については興味ないんだ。
まだ、シーナの抱えている秘密のほうに興味がある。
「じゃあ、今日は私の料理を―――」
「そこで親面しなくていいから。」
俺たちは、また次の町へ向かった。