第一話 親のフリ
「はぁ、はぁ、」
息切れした女の声が聞こえる。
周りは焦げ臭く、火事でもあったような感じだ。
バイク事故でも爆発が起こるのだろうか?
背中は痛く、呼吸も十分にできない。
手足は思うように動かせず、感覚もあまり戻ってこない。
「あまり動くなよ、今すぐ助けてやるからな。」
さっきの女の声だ。
俺は今、抱えられているのだろうか?
瞼を開けると、目の前に女の顔が見えた。
金髪で青い瞳、美人だった。
「目を覚ましたか?
グレイ、お前の名前はグレイだ。今日から私が育てる。」
女はそう言うと、俺を強く抱きしめた。
女の顔は、とても悲しそうに見える。
「サラ、私は君の子を育てる。見守ってくれ。」
俺の意識は、そこで途絶えた。
どうやら、俺はバイク事故で死んだらしい。
そして、異世界に転生したらしい。
俺は赤ん坊として転生したわけだが、転生直後にもう死にそうだった。
そこを助けてくれたのが、シーナだ。
シーナは金髪碧眼の美女で、剣士だという。
赤ん坊の俺を育ててくれている訳だが........
「グレイ、粥が出来たぞ。」
俺の目の前に現れたのは毒々しい見た目をした粥だった。
毒キノコみたいなのが入ってるし、幼児の俺には嚙み切れない肉も入っている。
俺はシーナから匙で運ばれる粥を口に入れ、シーナの目に見えないところで肉やきのこを吐き出す。文句を言えるのだろうが、変な赤子だとも思われたくない。
この粥も粥だ。塩一粒も入れてないだろう。米の粥では無く麦粥で味も不味い。
育ててくれるのはありがたいのだが。
「グレイ、魚でも取りに行こうか。」
シーナは俺を背中に背負い、剣を腰に差す。
釣り竿や網は持って行かない。
さっきまで薪をしていたところから歩いて、しばらくしたところに川がある。
シーナは旅をしているので、自給自足の生活だ。
「グレイ、よく見とけ。魚がいるところを探すんだ。」
シーナは懐から杖を出し、川に向けて構える。
そこら辺の小石を拾い、杖の先に投げた。
すると、小石は杖の延長線上に急加速し、川の中に突っ込んだ。
川には、石で腹を貫かれた魚が浮いてくる。
この世界には魔法があるようで、シーナも魔法を使う。
まあ、シーナが使う魔法は「物を動かす」だけの魔法だ。
「今日の夕飯だ。粥にいれてやる。」
どうか、粥に入れるときには細切れにしてほしい。
シーナの旅の目的はわからない。
俺を育ててくれている理由もわからない。
けど、俺とシーナが本当の意味で接し始めたのは拾われてから一週間後くらいのことだった。
「グレイ、静かにしてろ。魔物が近くにいる。」
この世界には魔物もいるのかと感心しつつ、俺も身構える。
シーナの剣技を見たことは無く、どんな戦いをするのか気になったからだ。
遠くに見えたのは、巨大な猪だった。
数は5頭ほど。一番デカいのがボスだろう。
シーナは剣を鞘から抜き、両手で剣を構える。
俺を背中に背負って戦闘なんて、出来るのだろうか?
シーナが先に動いた。
シーナは猪との距離を一気に詰めて、剣で一突きにしてしまった。
周りの四体の猪たちはシーナに気づき、一斉に襲い掛かってくる。
シーナは流れるように猪と戦い、
一匹目、頭を切られ
二匹目、上段で振るわれた剣に真っ二つ
三匹目を切ろうとしたところだった。
ボスが後ろから突進してくる。
シーナは赤子を背負った戦闘が初めてのようで、いつもの動きが出来ていないようだった。
シーナは急いでボスの突進を剣で防ぎ、三匹目も足で蹴りを入れる。
おそらく、シーナは俺がいなければバク宙とかして猪二匹に挟まれることないはずだ。
しかし、俺がいることで行動が制限されている。
シーナは剣を握り直し、ボスに向かって剣を突き刺す。
しかし、猪もただでは刺されずに剣を牙で噛みつきシーナの動きを止める。
後ろから子分の猪が突進してくる。
俺はシーナの魔法を思い出す。
物を動かすだけなら、俺でも出来るかもしれない。
俺はそこにあった小石に動けと念じる。
シーナがやっていたことを思い出し、イメージするんだ。
気が付くと、ボスの猪の腹には小石が食い込んでいた。
ボス猪は痛さにわめき、剣を放す。
シーナはその隙を見逃さず、ボス猪の脳天に剣を突き刺す。
同時に、子分の猪にも蹴りをもう一度入れ、剣で叩き切った。
猪は、全て倒しきった。
「グレイ、さっきのはお前が........?」
シーナが俺に訪ねてくる。
俺は、ついに喋ってしまった。
「......そう、俺がやった。」
そうしてシーナとの交流が始まった。
「シーナ、シーナ!起きて!」
「うぅ、アルマ、やめろ......。」
俺はグレイだ、誰だアルマって。
俺は今、幼児としてシーナに育ててもらっているのだが.......
これは、どっちが親なのだろう。
シーナは戦闘以外すべてだらしない。
料理も不味いし、最近は自分で作ることにした。
シーナは、あまり食べてくれないが。
それと赤子ながら、魔法で動きを補うことで大抵のことは出来るようになった。
石を投げるっていう単純な動作だけでなくて、日常動作を極めたのだ。
動きも、きっとそこら辺の大人よりは速いだろう。
「シーナ、起きて、朝だから!」
「サラ、待ってくれ......。」
また違う人が出てきた。
こんなだらしない人だっただろうか。寝ぼけているのかもしれない。
猪との戦闘から、俺はシーナと普通に話すようになった。
最初こそシーナは俺が喋ることに驚いたが、今では平常運転だ。
俺は魔法で体を動かしながら、朝食の支度をする。
シーナの荷物の中には調味料すらないので困ったものだ。
俺は赤子の体に合うように、焼いた魚を細切れにし、麦粥のなかにぶちこむ。
一瞬で離乳食の完成だ。
「おはよう、グレイ。料理は私がやるからいいといっただろう。」
やっと起きたらしい。
「いいよ、シーナの飯不味いから。」
「......それに、グレイはまだ幼児だ。ナイフなんか使わなくても―――」
「親のフリしなくていいよ、シーナには育てる義務なんてないから。安心して。」
シーナもわかるだろうに、俺には親が要らないと。
シーナは20代後半の女性。前世では結婚が.....と言われる年齢だ。
この世界は寿命が短そうだから、より一層結婚できないかもしれないのに。
なぜ俺を育てようとするのかがわからない。
「シーナ、ずっと東に進んでるけど町にはいつ着くの?」
「あと2日程だ。それまでは野営だな。」
「俺が助けられてからもう2週間くらい経ってる。迷ってない?」
「.......迷ってない。大丈夫だ。」
絶対迷ってる.....。
まあいい、俺はとりあえずシーナがいいと言うまでシーナと旅すればいいのだ。
時間はたっぷりある。
「それと、俺一人で移動でき―――」
「私が背負う。お前はおとなしくしてろ。」
やっぱり親のフリだ。
「はいはい、わかったよ。」
俺はシーナに背負われて出発した。
一応、道らしい道をたどって移動しているはずだが、シーナは迷っているようだ。
ここらの森は同じような景色が広がっており、行動しづらい。
魔物も多く、戦闘した後に自分たちがどこにいるのかわからなくなることもしばしばだ。
今のところ、この世界の人にはシーナ以外会っていない。
地域とか、国とかの概念もまだわからない。
シーナは町に行くと言っていたし、人はいるだろうが少ないのかもしれないな。
そして、シーナにもたくさん疑問がある。
まず、食べてるところ、お花摘みしているところを見たことがない。
少し語弊がある、そういう素振りを見たことないのだ。
この世界に新陳代謝がないわけではない。
俺は話すようになってからは自分で茂みに行ったりしている。
しかし、シーナのそんな素振りを見たことがないのだ。
あと、シーナが剣で戦闘する度に「小石で打ち抜けばいいじゃん!」と思ってしまう。
俺はシーナを魔法で援護しているのだが、シーナは戦闘で魔法を使わない。
謎は深まるばかりである。
そう考えていると、雨が降ってきた。
「シーナ、小降りだしそのまま移動でいいよ。」
「しかし、お前の体が冷えるのは良くないだろう。どっかで野営でも....。」
「大丈夫。それに予定より町に着くのが遅れてるでしょ。いずれ止むから大丈夫だよ。」
こんくらいの雨なら大丈夫だ。
野営をしたって完全に雨を防げるわけではない。
今ははやく町に着くべきだ。
しかし、雨はだんだん強くなってきた。
フラグは立てるもんじゃないな、体が冷える。結構寒い。
「グレイ、本当に大丈夫か?」
「だい、じょうぶ.......ゴホッゴホッ」
「大丈夫じゃないじゃないか、熱は?」
シーナが俺の額に手を当てる、手が冷たい。
「ひどい熱......。すぐにどっかで野営をしよう。」
シーナが外套を脱ぎ、俺に巻きつける。
濡れた服の上に濡れた外套を着せても、寒いんだが。
シーナは雨がしのげそうな大木を見つけ、そこに俺を横にした。
「何か暖かいもの、何か.....」
シーナはそう言いながら、必死になってカバンを漁る。
「シーナ、まずは濡れてない服とか布をだして......」
「あ、ああ。」
「そしたら、申し訳ないけど俺の体を拭いて、他の乾いた布に包ませて。」
「ああ、わかった。」
シーナは俺の言ったことをすぐにやってくれた。
シーナには世話をかけたくないのだが。
「そしたら、濡れてる木でもいいから皮を剥いて井形に組んで。
それに、さっき濡れた外套で井形を雨から守るようにテントを作って。」
「こ、こうか?」
「そう、あとは外套を斜めにするように。雨や水滴が薪に落ちないようにね。ゴホッ」
シーナは俺の言う通りにしてくれた。
「あとは、カバンの中にある蝋燭を出して。それを井形の中で灯すの。」
「これでいいのか?」
「うん、あとはその火が薪を少しづつ乾かすから、乾いたら薪の方に火をつけて。」
「わかった.....。」
薪が乾くと、火をつけた。これでかなり暖かい。
一時はどうなるかと思ったが、どうにかなったな。
シーナに迷惑かけて申し訳ないが。
「........グレイ、何も出来なくてすまない。」
「?シーナはいろいろやってくれたじゃん。ありがたいよ。」
「すべてお前の指示だ。私がいなくても一人でなんとかしていただろう。」
それは無理だ、と言いたかったが出来ないこともない。
ただ、一応幼児なので体力が厳しい。
「俺は、寝るから。雨が上がったら起こして。」
「ああ、わかった。」
俺はすぐに目を閉じた。
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パチパチと焚火の音が聞こえる。
もう雨は上がっただろうか?
目を開けると、シーナが粥を作っていた。
何も入っていない、ただの麦粥だ。
「グレイ、起きたか。」
「シーナ、別に心配しなくてもいいのに。」
シーナはふっと笑う。
「いいんだ。それよりも、これを食べろ。まだ熱が引いたわけじゃないだろう?」
確かに、まだ体に寒気がする。
雨も良くはなったが降り続いている。
「じゃあ、お言葉に甘えて.....。」
俺はシーナから匙を口に入れられる。
別に自分で食べられるのにとも思いつつ、ありがたかった。
相変わらず粥は不味く、塩すら入れていない。
だが、粥をつくるのだって水がいる。
この雨の中、川を探して汲みにいったのだろうか。
......いくらシーナでも雨水を使っている訳ではないだろう。
とにかく、作ってくれるというのがありがたかった。
「グレイ、この話はお前が一人前になったら話そうと思っていた。
しかし、お前はどうやらもう一人前だ。話すべきだろう.....。」
なんの話だろう。
そもそも、俺はたった今一人前なんかではないと思い知らされているところなのだが。
「お前の、親の話だ。」