95話
(鷹羽さん……。頑張ってください。私、応援します。精一杯応援してますから、怪我だけはしないでください……)
悲しくてもつらくても、何度押し込めようとしても雄太への想いは消えずに、心の中で燃え続けていた。
諦めようとしても諦めきれない。
ならば……。
せめて心の中で応援していようと春香は思った。
3月21日(土曜日)
「雄太ぁ〜。雄太……? お〜い、聞いてんのかぁ〜?」
純也が声をかけていたのに気付き、雄太は振り返った。
「え? あ……ゴメン。聞いてなかった。何?」
「明日のG3の事。俺は出らんないけど頑張れって言ったんだよ。もしかして……市村さんの事を考えてたのか?」
純也はいつも通り自分の部屋から布団を雄太の部屋に持ち込んでいて、その布団に転がりながら訊いた。
「うん。今、どうしてるかなって思って、さ」
雄太は素直に答えて、少し笑った。
純也は訊いても良いか迷ったが、雄太が優しい表情をしているので思い切って訊ねてみる。
「あれから電話もしてなくて、会ってもないんだよな……?」
「ああ。電話もしてないし、会えてもない。けど……G3に出られる事になったって事は伝えたくて、調整ルームに入る前に店のポストに手紙入れて来たんだ」
(本当は、会って直接言いたかったけど……)
雄太は答えた後、春香が居るであろう方向に視線を向けた。
「そっか。金曜日に届けたんなら もう手紙読んでくれたんじゃね? 市村さん、応援してくれるよな 」
純也の言葉に雄太は頷いた。
「見に来てくれないのは分かってるんだ。でも、市村さんは応援してくれるって思ってる。俺がG3に出られる事になったのも喜んでくれてると思うんだ」
「俺もそう思うぜ 」
雄太が振り返りながら言うと、純也は笑って答え右手でVサインをして見せた。
「サンキュ。市村さん、今はまだ 気持ちが混乱してると思うんだ。だから時間を置いて、また会おうって思ってる」
(雄太……)
雄太の笑顔が今までと違った優しさがあるように思えて、純也は雄太が大人になったように感じた。
幼い頃から一緒に近所を駆け回り、イタズラをしては、大人からゲンコツを喰らっていた二人。
乗馬を始めた雄太を見て、素直に『スゲェー格好良いなぁ〜』と思った。
元カノと別れた時と春香にフラレた時の雄太が全く違っていると感じた。
「雄太は大人の恋愛したのな」
ボソッと純也が言うと
「はぁっ⁉ お前、何て事を言うんだよっ⁉」
と顔を真っ赤にして雄太が叫んだ。
「だって、スッゲェ大人……うわっ‼」
雄太は、肘を付いて布団に転がっていた純也にヘッドロックをかけた。
「お……俺は、まだ何もしてないからなっ⁉ 手すら握ってないんだぞっ‼ デートに誘ったのと指切りしただけだからなっ‼」
純也が、バンバンと敷き布団を叩く。
「ちがっ‼ そう言う意味じゃ……なくてっ‼ ギブっ‼ 雄太、ギブぅ〜っ‼」
純也がジタバタしていると、出入り口の方から
「プッ 」
と吹き出す音がした。
雄太が顔を向けると、いつの間にか部屋に入ってきていた梅野が、しゃがみ込んで声を押し殺して笑っていた。
「梅野さん……? いつの間に……」
「ゆ……雄太ぁ……。とりあえず純也を離してやれってぇ…… 。ノビてるぞぉ……」
涙目の梅野が純也を指差している。そして、我慢の限界が来たのかゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。
「へ……? あ……」
雄太が純也から手を離すと、純也は一目散に梅野の元へ走り、後ろに隠れた。




