第4章 進む道と迷う心 93話
雄太と会った翌日からも、春香は淡々と仕事をこなしていた。
雄太に会う為に予約不可としていた月曜日の固定休を、当初のように不定休に戻そうかと考えた。
(月曜日を休みにしたままでも良いよね……。困る理由もないんだし……)
フォトフレームに入れ飾っていたハズレ馬券は、さすがに見ているのが辛くなり、サイン色紙と共にクローゼットの上部にある棚にしまった。
(この思い出だけは一生取っておこう……。まだ悲しい気持ちは残ってるけど、いつかきっと優しい思い出に変わるはず……。私の最初で最後の恋だから、ずっとずっと大切にしておこう……)
金曜日になると雄太のレースが気になってしまった。
(今週末もレースに出るんだよね……? どこの競馬場で走るんだろう……)
土曜日の朝、開店作業をしている時にスポーツ紙を広げて雄太の名前を探した。
(どんなレースに出るのかな……? 鷹羽……鷹羽……。あ、あった……)
そっと雄太の名前を指でなぞり
(頑張ってください……。どうか無事にレースを終えてください……)
と涙をこらえながら祈った。
雄太への想いは心の奥底にしまうと決めたはずなのに、翌週も雄太の事が気になってしまい、スポーツ紙を見る事をやめられなかった。
さすがに、映像であっても姿を見ると泣いてしまうかも知れないと思い、競馬中継を見るのはやめたが、心の中にはいつも雄太が居た。
3月22日に雄太が初めて重賞であるG3に出ると書いてある記事を見付けた。
(鷹羽さん、もう大きなレースに出られるんだ……)
春香は、雄太への手紙に『いつか 鷹羽さんが、直樹先生の教えてくれた重賞と言うのに出られる時が来たら、競馬場で直接応援出来たら良いなって思っています』と書いた事を思い出す。
(あれからまだ 一ヶ月も経ってないのよね……。鷹羽さん、すごいな……。頑張ってくださいね。私、応援してます)
春香は、指でそっと雄太の名前をなぞり、シワにならないように気を付けながらスポーツ紙を抱き締めた後、時計を確認してVIPルームへと向かった。
そんな春香の姿を、直樹と里美は店内に設置してある防犯カメラの映像を倉庫内のモニターで見ていた。
「ねぇ、直樹……。あなた、春香は鷹羽くんからの交際の申込みを断った……って言ってたわよね?」
「ああ……」
里美は、隣でモニターを見ている直樹に訊ねる。直樹は、右手の人差し指で頬をポリポリと掻きながら答えた。
「なら、あの春香の様子は何? まるで、鷹羽くんに片想いをしているかのように見えるわよ? もしくは鷹羽くんに会いたいと……会える日を心待ちにしている……そんな感じだわ」
直樹と里美は、モニターを置いてある部屋を出て店内へと向う。
「春は、本当に鷹羽くんの事が好きなんだろうな……。色んな事が、春の心にブレーキをかけてるんだろうって思うんだ」
「暴走するよりは良いけど、初恋にブレーキをかけなきゃならないなんて……」
里美は、不器用な恋をしている春香の背中を押したいような止めたいような複雑な思いを抱えていた。
(春香が傷付き泣くのは見たくはないわ。でも……一生、愛する人と寄り添えず生きていくのはどうなのかしら……。私がどうこう出来る事じゃないのは分かってるけど……)
里美は、午後になってもモヤモヤした思いを抱えていた。
請求書やポスティングされたチラシ等を整理している時、その中にあった水色の封筒に手をとめる。
「これ、春香宛ね。住所も書いてないし切手も貼ってない……。誰からかしら?」
「もしかして……鷹羽くん……か?」
『市村春香様』
表書きには、春香の名前だけが書いてあった。




