906話
7月5日に福島競馬場で開催されたG3七夕賞で雄太は優勝をした。
翌6日にはG1宝塚記念に出る。
(ふぅ。時間内に到着出来るかな? 頼むから遅延とかしないでくれよ)
雄太は流れていく景色に目をやった。まだ夕暮れと言うには明るい空を見ていると、春香と子供達が今日の勝利を喜んでいてくれただろうと思う。
(俺、春香達がテレビで俺のレースを見てるところ知らないもんな。当たり前だけど)
美理愛のお食い初めの時に、直樹達が凱央と悠助の乗馬姿を見たがった気持ちがよく分かった。
(今頃何をしてるんだろうな。まさかと思うけど、もう色紙の準備してたり……? いやいや、さすがに明日もレースあるんだし、まだだよな)
雄太がそう思っている頃、雄太宅のリビングでは春香が鼻歌混じりに楽しそうにしていた。
「ママ。たのしそうだね」
「ふふふ。だってパパが優勝したんだもん」
「マーマ。ボクモウレシイ」
「マッマ。ボクモ〜」
春香は棚にしまってある色紙とマジックを取り出し、リビングボードの上に置いていた。
(えへへ。明日も頑張って欲しいなぁ〜)
色紙の準備した春香は、リビングに置いてあるベビーベッドを覗き込んだ。
一緒にテレビを見て、手足をバタバタしていた美理愛は疲れたのかスヤスヤと眠っている。
「マッマ。ボク、トイレイッテクル」
「一人で大丈夫?」
「ダイジョーブ。ボク、オニイチャンダカラ」
俊洋は一人でトイレに行き、凱央と悠助は夕飯まで二階で遊んでくると言ってリビングから出て行った。
そのまま二階へ行くのかと思っていたら、俊洋はリビングに戻ってきた。
「どうしたの? お兄ちゃん達は二階で遊んでるよ?」
「ウン。アノネ、ボクネ、マッマトミリアトイッショニイルノスキダヨ」
驚いた春香は俊洋の前に膝をついた。
「ママも俊洋が大好きよ」
「ウン。ダカラ、コレカラモマッマトミリアトイッショニネルノ」
「そう。ママも俊洋が一緒だと嬉しいな」
「ウン。ニイタントアソンデクルネ」
「うん。ご飯の時間になったら呼ぶからね」
俊洋はニッコリと笑って二階へ行った。
(本当に自分の部屋は要らないって思ったのかな?)
お兄ちゃんの真似はしたいが、まだ自分一人じゃ寝られないと思ったのだろう。
ヤンチャだが甘えん坊の三男は、まだまだ甘えたい年頃なのだ。
「あんまり早く大きくならないでね」
凱央と悠助が一人で寝るようになって、春香は少し淋しかったのだ。
美理愛が夜に起きる事もほぼなくなった。たまに起きた時に、大きなベッドを独占して寝ている俊洋の寝顔を見るとホッとする事に気づいていた。
(その内、美理愛も自分の部屋を持つようになるんだよね。うわぁ……。その時、私が一人で寝るの淋しくなったりして)
両の手で頬を挟み、首を左右に振る。
「うはは。変な事を考えてないで夕飯作ろう」
春香はキッチンに向かった。
「雄太ぁ〜。待ってたぞ」
「へ? ソル、どうした?」
調整ルームの自室にに入ろうとしていると純也が駆け寄ってきた。
「どうしたって……。まさか頼んでたお菓子買い忘れたんじゃないだろうな……?」
「ああ、お菓子な」
雄太は呆れながら紙袋を純也に差し出した。
「おお〜っ。サンキュー。無性に食いたかったんだよ」
喜ぶ純也の後ろから鈴掛と梅野がヒョイと顔を出す。
「お? くるみゆべしじゃないか」
「こっちは……薄皮饅頭ぅ……。純也、お前明日もレースあるって分かってんのかぁ〜?」
「分かってるっす。俺は各地の銘菓をを食わないと駄目なんす」
あり得ない事をクソ真面目な顔で言う純也に三人でゲラゲラと笑う。
「あ? その笑いは信じてないっすね? これはマジなんすよ?」
「ほ……ほう。じゃあ、真面目に聞こうじゃないか」
「うっす」
歩きながら向かうのは、やはり雄太の個室だ。
(当たり前のように俺の部屋に……)
もう慣れたが、やはり笑いが込み上げる。
部屋に入り、純也は各地の銘菓について熱く語り、G1前に薄皮饅頭を平らげる騎手は純也ぐらいだろうと、雄太達を目一杯笑わせた。




