91話
「迷ってるって……。それ、市村さんを好きって気持ちが……って事か?」
純也が顔を曇らせながら訊くと、雄太はスッと顔を上げた。
「違う。違うんだ」
「え? 違う……?」
純也が聞き返すと、雄太は頷いた。
「俺の市村さんに対する気持ちは全く変わってないんだ。今、市村さんは、縁を切ったとは言え、実の親が逮捕されたって事で傷付いてると思うんだ。だから……俺が、市村さんにしてあげられる事はないかなって……。市村さんが、また笑ってくれるにはどうしたら良いかなって事を迷ってるんだ」
キッパリと言い切った雄太の言葉に宿る強い決意。
瞳に宿る春香への揺るがない想い。
梅野は、そんな雄太を見て ニッコリと笑った。
「そっかぁ〜。なら頑張れぇ〜。けど、焦んなよぉ〜? 焦っても良い方向には向かないと思うからさぁ〜。じっくり考えて、お前の思うままに頑張れぇ〜。迷ったり悩んだりしたら相談しろよぉ〜? 俺が協力が出来る事があるなら遠慮せず言えよぉ〜?」
「はい、梅野さん。ありがとうございます 」
頼りになる兄貴分梅野の言葉に感謝をしながら、雄太は深く頷いた。
「俺も協力してやる。お前の為でもあるし、春香ちゃんの為にもなるからな。やると決めたんなら納得行くまでやれ。お前が、春香ちゃんの為にならない事をするとは思ってないが、万が一間違えそうになったら首根っこ引っ捕まえてでも留めてやる。任せろ。だてに、お前より歳は喰ってない」
「俺もだぜ、雄太。親友だろ? 遠慮はなしだぜ?」
鈴掛も純也も笑いながら言った。
「ありがとうございます、鈴掛さん。サンキュ、ソル 」
雄太は、鈴掛に深く頭を下げ、純也と拳を合わせた。
梅野は、春香にフラれた上、重く暗いの過去の話を聞いて諦める処か、強い意思を持ってグッと成長した雄太を見た。
(この前まで、マジでウブなガキだと思ってたのになぁ〜 )
「鈴掛さん〜。ここの払いは俺が持ちますよぉ〜。俺、雄太と『フラレたら飯奢る』って約束してたんでぇ〜」
梅野は、鈴掛の方を向きながら そう言って笑った。
「ん? そうか。なら、大吟醸でも呑むかな」
梅野の言葉に頷き、鈴掛はニヤリと笑いながら言った。
「良いですよぉ〜。ただし、二日酔いの面倒までは見ませんからねぇ〜?」
「見ろよっ‼ 」
いつものように、梅野がサラリと空気を変え、純也はゲラゲラ笑う。
「純也ぁ〜。お前も食べたいなら、近江牛のステーキ食っても良いぞぉ〜」
「マジっすかっ⁉ お代わりしても良いっすかっ⁉」
「良いぞぉ〜。けど、体絞れなかったりしても知らないからなぁ〜?」
梅野の忠告をスルーして、純也はテーブルの下にあったメニューを開いて、ウキウキしながらステーキを選び始めた。
(梅野さんって、本当に空気変えるの上手いな 。感謝しなきゃな。市村さんの過去を知ってたのに、俺の気持ちを知っても変な風に説教しなかった鈴掛さんにも感謝しなきゃな)
雄太は自分の話した事を受け止め、春香の話を聞かせてくれた頼もしい先輩二人に感謝をした。
運ばれて来た大吟醸をチビチビやりながら、やっと笑って純也と話している雄太を見た。
(耳を塞ぎたくなるような壮絶な過去を聞かされても、どうしようもない現在の状況を知っても、こいつの春香ちゃんを好きな気持ちは変わらないんだな……。お前、いつの間にそんなに春香ちゃんに惚れたんだよ? いつの間にか大人になりやがって。まだまだ……だがな)
まだ坊主頭が少し伸びた程度で、顔にも子供っぽさが残ってる雄太と純也が屈託なく笑っているのを見て 、鈴掛は小さく笑った。




