8話
(鈴掛さん 『巫女』って言ってたけど、今の状況で何で『巫女さん』って話になるんだろ……)
雄太は痛みを我慢しながら、窓の外を見る。
草津には何度も来た事はあるから、駅の方に向かっているのは分かった。
(こっちって、大きい神社がある道だったよな……?)
同じような事を思っていたらしい純也が、小さな声で話し掛けて来た。
「なぁ。捻挫した足を巫女さんに治して貰うとか変じゃね?」
「俺も、そう思うけど……」
(御祈祷でもして貰うのか……? 御祈祷って巫女さんがするんだっけ……? 父さんが神頼みとかしたかな……? 勝負師が神頼みしない訳じゃないけど、今の俺の足を神頼み……?)
考えれば考えるほど『なぜ?』と思ってしまう。
そして、神頼みでも良いから治ればとも思う。
デビュー日は決まっている 。
騎乗馬も決まった。
それが自分の不注意で流れるとなれば、その馬を任せてくれる調教師や馬主にも申し訳ない。
父親が調教師だからと許されるような甘い世界ではない。
だから尚更、早く治さなければと焦る気持ちだけが大きくなっていく。
(あれ? 神社の駐車場通り過ぎた……)
鈴掛の車は神社の駐車場を過ぎ、大通りを外れ、マンション前にある駐車場に停まった。
マンションの壁には大きな看板があった。
照明の消えた看板には『東雲マッサージ店』と大きく書かれている。
(マッサージ? 接骨院とかじゃなくて? マッサージで捻挫って治るのか……?)
雄太が 考えていると、純也が看板を見て
「ひがしぐも? とううん?」
と大きな声で読む。
サイドブレーキをかけた鈴掛が呆れ顔でバックミラー越しに純也を見る。
「純也……。お前、中学は出たんだ…… よな?」
「中学は出てるっすっ‼ 国語苦手なんすっ‼」
純也は運転席の鈴掛に向かって叫んだ。
「あれは『しののめ』って読むんだよ。とりあえず行くぞ」