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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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881/887

887話


 雄太の家のリビングで、純也は目を丸くして固まっている。


「お……俺に……か?」


 純也の目の前には、凱央と尚道が座っている。


「じゅん兄ちゃん、おねがい。じゅん兄ちゃんは、あしがめちゃくちゃはやいってパパからなんどもきいたんだよ」

「おねがいします。ぼく、うんどう会で一ばんになりたいんです」

「ぼくも、もっともっとはやくなりたいんだ、じゅん兄ちゃん」


 真剣な凱央と尚道の顔を見て、純也も真面目な顔をする。


「分かった。今からじゃ、どれだけ効果があるか分かんねぇけど教えてやる。その代わり、つらいとか言って泣くなよ? 良いな?」

「うん。がんばる」

「ありがとうございます」


 三人の様子を見ながら、雄太と春香はホッとした顔をしていた。





 数日前、凱央と遊びにきた尚道が運動会の話をしていた。


「かけっこで一ばんになるほうほうって、トキくんしってる?」


 唐突に訊かれ、凱央は少し考えて首を横に振った。


「トキくん、ようちえんのうんどう会で一ばんだったよね? なんかれんしゅうしてた?」


 尚道と走る事もあったが、凱央が足が早く尚道は勝てなかったから勝ちたいのだと言った。


「れんしゅうはしてなかったけど……。そうだ。じゅん兄ちゃんにきいてみるよ」

「じゅん兄ちゃん? それ、だれ?」

「パパのともだち。ちゅうがくせいのとき、かけっこの大会にも出たっていってたんだ」


 それならばと、雄太に相談を持ちかけ今日に至る。




「そう。もっと腕をしっかり振るんだ。そう、良いぞ」


 凱央達に相談されたその日から、雄太宅の庭で特訓が始まった。とは言っても、本格的な陸上の練習ではなく、走る基本を純也は丁寧に教えていた。


「太ももをしっかり上げるんだ。そう、上手いぞ」


 凱央も尚道も一生懸命に教えられた通りにやってみようとするが、中々言われた通りには出来ない。


 それでも、純也はしっかりと丁寧に教えていた。


「塩崎さん、教えるの上手いね」

「そうだな。もっとスパルタかと思ってたけど」

「ふふふ」


 窓ガラス越しに雄太と春香は三人の様子を眺めていたが、タオルや飲み物を用意して声をかけた。


「キリが良いところで休憩しないか? 飲み物とか準備してあるから」

「おう、サンキュー。二人共、休憩にするぞ。頑張るのも大事だけど、体を休めるのも大事だからな?」

「は〜い。じゅんせんせい」

「はい。せんせい」


 先生と呼ばれた純也はご満悦だ。


(後輩達にだって先生とは呼ばれる事はないもんな。なんか嬉しいぞ)


 一生懸命に腕を振ったり、太ももをしっかり上げたりと、純也の教えを実践している凱央達が可愛くてたまらなかった。




「じゅんせんせいまたね〜」

「ああ。次に会うまで自主練……自分でも練習しておけよ? くれぐれも無理しないようにするんだぞ」

「はぁ〜い。じゃあね、トキくん。またあしたがっこうでね」

「うん。尚くん、またあした」


 尚道は大きく手を振って、元気に自転車で帰路についた。


「じゅん兄ちゃん。いっぱいおしえてくれてありがとう。ぼくがんばってうんどう会で一ばんになるよ」

「ああ」


 その日、純也は凱央達の先生として夕飯をご馳走になった。


「塩崎さん。すごく立派な先生でしたね」

「でへへ」


 純也は大きなトンカツを乗せたカツカレーを食べながら、春香にだらしない顔で笑った。


 雄太は呆れ顔でカレーを食べるスプーンを止めた。


「じゅん兄ちゃん。ぼくがんばるからね」

「おう。ちゃんとストレッチもして、柔軟体操もしろよ? 体は柔らかいほうが良いからな? まぁ、凱央は乗馬やってるから大丈夫だと思うけどな」

「うん。あ、はい。じゅんせんせい」


 また純也はデレデレとした顔をした。


「ソルの顔……」

「なんだよぉ〜」


 春香は口元に手を当てて、肩を震わせながら忍び笑いをしていた。


 その後、凱央の乗馬教室と尚道の塾がない日には雄太宅で純也先生のかけっこ教室が開かれていた。


 純也がヤル気満々なのは、夕飯を春香が食べさせてくれる事と『じゅんせんせい』と呼ばれるからだろうと騎手仲間には噂されたが、走る事が本当に大好きだからと言う事を雄太は知っていた。







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