87話
「んで『ごめんなさい』されて、どうしたんだよ?」
鈴掛は、拾い上げた箸を箸置きに置いて、雄太に訊ねた。
「あ……はい。その……フラレた後、直樹先生から市村さんの生い立ちとか……現在の状況とか聞かされて……」
「直樹先生? 何で、直樹先生に会ったんだ?」
春香と会ってフラレた話に、なぜ直樹と会ったのか疑問に思った純也が訊ねた。
「順を追って話すよ。でさ、ソル……。今から話す事は誰にも言わないって約束してくれるか?」
今まで見た事がない真剣な顔をした雄太を見て、純也はゴクリと息を飲んだ。
(馬に跨ってる時とは違う真剣な顔してる……。雄太は市村さんの事、マジなんだ……)
「分かった。俺、誰にも言わない。約束する」
純也がそう言うと、雄太は深く頷いた。
「サンキュ、ソル。鈴掛さんは、多少は知ってるんですよね? 梅野さんは……?」
雄太は二人の先輩を交互に見る。
「俺は大体の事は聞いてる。そう言えば、梅野がどこまで知ってるか訊いた事なかったな?」
鈴掛はそう言って梅野を見た。
「俺は、ほんの少しだけですよ。まぁ……雄太が、どれだけの話を聞かされたかは分からないけど、ここで聞いた話は誰にも言わないと誓うぜ? 俺達の事を信用出来るって思ってんなら話せよ」
梅野は、普段とは違う口調で言うと、真剣な目で雄太を見た。
「ありがとうございます。俺が市村さんを好きだって事も黙っててくれたし……。それ以前から、鈴掛さんも梅野さんも信頼してますから」
雄太がそう言うと、梅野はグラスにあったワインを飲み干しコトンと空になったグラスをテーブルに置いた。
その音を合図のように、雄太はゆっくりと話し出した。
「一人で抱えるには、あまりにも重い話で……。すみません……。甘えさせてください……」
「それは……壮絶な過去……だな……」
雄太が話し終わると、梅野は右手で眉間を押さえた。
純也は理解が追い付かないのか、無言で俯いていた。
「俺も、何度もそう思いました……。こんな酷い話があるのかって……」
思い出すだけで湧き上がる怒りで、握った拳が震える。
「梅野さんっ‼ ティッシュ取ってくださいっ‼ 」
純也が大声を上げた。
その声に驚き、雄太が隣に座っている純也を見ると、ボロボロと涙を流していた。
「ソル、お前……」
初めて見た親友の号泣する姿に、雄太は固まった。
梅野がテーブルの隅にあったティッシュの箱を渡すと、純也は何度も鼻をかんだ。
「がわいぞうでずよ……。いぢむらざん……がわいぞうでず……」
そう言って、ゴシゴシと両手で涙を拭った。
「春香ちゃんを傷付けたのは、親だけじゃないんだよ……」
鈴掛はそう言って、深い溜め息を吐いた。
「まだ何かあるんすか……?」
純也は涙を拭きながら訊いた。
「ああ……。東雲夫妻は春香ちゃんを引き取った後、ちゃんと中学に行かせようとしたんだよ。けど、春香ちゃんは対人恐怖症のようになってたらしくてな……。恐らく、身なりが普通じゃなかったから、イジメを受けてたんだろうな……。人……特に、自分を知っている人間を怖がってたんだそうだ。当時、東雲夫妻の住んでた家が春香ちゃんが通ってた中学の学区だったんだよ……。で、私立ってのも考えたそうなんだが『絶対に外には行きたくない』って拒んだそうだ。同じ学校じゃなくても、通学時に自分をイジメていた奴等に会うかも知れないって思ったんだろうな……」
鈴掛の言葉に、梅野はハァっと切なそうに溜め息を吐いた。




