877話
凱央と尚道は重幸の病院で治療やカウンセリングを受けていた。
「おじさん、凱央達の……メンタルは……?」
「もう、大丈夫だろう。何ていうか凄い回復力だよ。体も心もな」
重幸の言葉に春香はホッとした。
「でも……この先、何かあったら……」
「心のケアは、お前に任せるよ。出来るだろ?」
「重幸おじさん……」
重幸は春香の頭を撫でた。もう春香は子供ではない。三人の子供を育てている立派な大人だ。それでも心配そうな顔をしているとつい子供扱いしてしまう。
「お前が俺を信じてくれてるように、俺もお前を信じてるからな」
「うん」
春香は笑って、エントランスのソファーで満面の笑みを浮かべている凱央達を見詰めていた。
(お前の心的外傷後ストレス障害を癒したのは雄太だろ? その雄太とお前なら出来るさ)
雄太の優しさと春香の笑顔に任せてみようと思った重幸だ。
8月4日の新潟競馬場で開催された関屋記念で優勝した雄太が自宅に戻り一夜開けた鷹羽宅のリビングで、雄太達の前に凱央と尚道が座っていた。
「パパとママにおねがいがあります」
「えっと……何だ?」
「うん。何かな?」
凱央と尚道は顔を見合わせて、体の後ろに隠していた画用紙を前に出した。
『おにわキャンプけいかく』
クレヨンで書かれている文字を読んだ雄太と春香は凱央達の顔をマジマジと見た。
「あのね、おにわでキャンプしたいんだよ」
「ぼくのパパがテントをもってるんです。それで、おとまりしたいんです」
雄太は目をキラキラさせ鼻息荒く話す凱央と尚道の顔を交互に見た。
「尚道くんのお父さんとお母さんは許可……良いって言ってくれたのかな?」
「パパとママには、トキくんのおうちにおとまりしたいっていうのははなしました。テントでっていうのは……まだです」
雄太は尚道の気持ちが分かってしまった。
(きっと……誘拐未遂事件が尾を引いてるんだよな。まだ一ヶ月も経ってないんだから……)
難しい顔をしてしまった雄太の手に春香は手を添えた。雄太に伝わる春香の想い。雄太は頷いて尚道のほうを見た。
「尚道くんのお父さんとお母さんは今お家にいるかな?」
「え? はい」
「分かった。じゃあ、今から電話してみるよ」
「はい」
春香は二人をダイニングに連れていき、雄太の電話が終わるのを待った。
「凱央、尚道くん」
「「はい」」
雄太がダイニングでオレンジジュースを飲んでいる二人に話しかける。
二人は緊張した面持ちで雄太の次の言葉を待った。
「お庭キャンプしても良いよ」
二人の顔がパァーっと輝いた。
「いくつか約束はあるけどな」
「はい、パパ」
「ありがとう、トキくんパパ」
キャッキャと喜ぶ二人の様子を雄太達は笑って見ていた。
「ねぇ、雄太くん」
「ん?」
「尚道くんのご両親、お泊りキャンプをよく許可してくださったね?」
家ならまだしも、キャンプというのは屋外で過ごすという事を承諾してもらえるか春香も少し不安だったのだ。
普段からなるべく子供達がやりたい事をさせてやりたいとは考えている。頭ごなしに反対はしたくないとは春香は思っていたが、尚道の両親はどうだろうと思ったからだ。
「ああ。ほら今はお互いの子供を送り迎えしてるだろ? 尚道くんのお父さん、家の防犯対策を見て大丈夫だって思ったからなんだってさ」
雄太宅の事は知ってはいたが、じっくり見る機会がなかった尚道の父は壁の高さや防犯カメラの数を見て驚いていたのだ。
『ここまで防犯対策されてるんですね……』
その瞬間、雄太はボンッと音がしそうなぐらいに顔が赤くなった。
『えっとぉ……。ここを建てるって決めた時、妻と子を絶対に守るんだって思ってて……。俺、普段は金曜日から留守にするし、遠征とか始まると何週間もいないし……。海外も行きますし……。だから……これでもかってぐらいに力入れたんです……』
しどろもどろになりながら話す雄太がたまに見る競馬中継と違って見えた。
そして、この豪邸が贅沢や見栄ではなく妻子を守る為だと知って、尚道の父は更に騎手鷹羽雄太を見る目が変わったのだった。




