876話
翌日、春香は車に凱央を乗せて尚道の家に向かった。
「えっとね、ここも尚くんのいえのはたけだよ。トウモロコシはここで、あっちにはキュウリとかピーマンとかあるの」
「大きい畑だね」
尚道の家の敷地の手前には、かなり大きな畑が広がっていた。
「たんぼは、あそこのところからこっちまでぜんぶ尚くんのおうちのだって。でね、あの山のむこうにもあるんだって」
「そうなんだぁ……」
春香が想像している以上に尚道の家は大きな農家だった。
「春香さん、わざわざお迎えありがとう」
「凱央が尚道くんと一緒が良いっていうから電話したんですよ。気にしないで」
凱央と尚道は後部座席のジュニアシートに座り、あれやこれやと楽しそうに話している。
「尚道くん、どこか痛くなってたりしてないですか? 夜、ちゃんと眠れてましたか?」
春香は少し声のボリュームを落として、助手席の彩葉に話しかけた。
「やっぱり思い出したみたいで、私のベッドで一緒に眠ったわ」
「尚道くんも?」
「凱央くんもですか?」
やはり尚道も心に傷を負ったのだと春香は思った。重幸も心配をしていた。
「こんな事を言っちゃいけないかも知れないですけど、凱央くんと一緒で良かったです……。うちの子だけだったら、きっと……」
そこまで言って彩葉は言葉を詰まらせた。
最悪を想像してしまうのは仕方がない。尚道が一人でいた時に大人の男に抱き上げられていたら、確実に連れ去られていただろう。
「そうですね。凱央と一緒で良かったです」
「春香さん……」
「昨日、お巡さんに言われました。凱央が殴りまくったトウモロコシのヒゲが目に入ってそれで怯んだんだって。尚道くんは口を塞がれて叫べなかったから凱央が叫べたんです。確かに怪我はしたけど、尚道くんを助けられたんだから、もう謝らないでください」
ニッコリと笑う春香に、彩葉は薄っすらと涙を浮かべながら頷いた。
「二人共、友達を助けられたって誇りに思ってますよ。だから、褒めてやりましょう。悪いのはあの犯人なんですから。凱央を巻き込んでしまったなんて思わないでください」
彩葉は運転をする春香をジッと見詰めた。
春香の身長は低いほうで、年齢を聞いて信じられないぐらいの童顔なのに、夜に家に来た警察官から一人で犯人に立ち向かったと聞いて驚かされた。
「ママァ〜」
「なぁに?」
「びょういんのかえりに、オムレットケーキかってほしい〜」
「良いよ。凱央達がおじさんに診てもらってる間にケーキ屋さんに取っておいてもらえるように電話しておくね」
「うん」
先程までの凛とした顔は有名な騎手の妻としてテレビや雑誌で見ていた顔で、凱央と話す無邪気な笑顔には癒されるなぁと彩葉は思っていた。
診察をしてもらい、帰りにケーキ屋に寄って尚道達を自宅へ送っていった。
「じゃあ、これ」
「え?」
「お野菜のお礼です」
「ちょっと春香さん……」
春香は尚道のジュニアシートを外した彩葉にケーキ屋の紙袋を差し出した。
「尚道くん、オヤツに食べてね。ここのオムレットケーキは、果物がいっぱい入ってて美味しいんだよ」
「トキくんママ、ありがとうっ‼」
無邪気な笑顔を浮かべて笑う尚道は紙袋を受け取り礼を述べた。
「尚くん。ケガがなおったら、またあそぼうね」
「うん。またね、トキくん」
窓を全開にして手を繋いでいる凱央と尚道の姿を見てから、彩葉は複雑な笑顔を浮かべた。
春香はニッコリ笑って車を発進させた。走り去っていく真っ白なベンツを見送りながら、彩葉は尚道が嬉しそうに抱えてる紙袋に視線を落とす。
「凱央くんを巻き込んだお詫びをしなきゃいけないのは私達のほうなのに……」
尚道は笑顔で彩葉を見上げた。
「ママ。トキくんママのことすき?」
「うん。優しいし、尚道に宿題教えてくれたりする良い人だって思ってるよ」
「うん。ぼくも、トキくんママすきだよ。ケガがなおったら、またあそぶんだぁ〜」
「そうだね」
春香は確かに競馬関係者の妻ではあるが、明るく優しく温かい人だと思っている。同じく雄太も人として尊敬出来ると思った。
職業で偏見の目を向けてはいけないと彩葉はつくづく思っていた。




