875話
尚道の父母は会計を済ませて、エントランス隅にあるソファーに座る雄太と凱央の所に戻ってきた。
「あの……春香さんは?」
「へ? あ、そう言えば。凱央、ママはどこにいるんだ?」
雄太は頭が回っていなかったのだろう。凱央の怪我の状況にばかり気になっていて、救急車に同乗したはずの春香がいないという事に今まで気がつかなかったのだ。
「ママは、おまわりさんとおはなしがあるっていってたよ」
「え……」
春香が犯人を殴った後投げ飛ばしたと言われた事を思い出す。
(もしかして……過剰防衛って奴か……?)
理由がどうあれ暴力を振るったという事となれば、警察に事情聴取をされるだろう。
(話ってどこで話してるんだ……? 処置室前で重幸さんと話してた警官は凱央達の怪我の状況を聞いていただけなのか? 春香は……?)
雄太がキョロキョロと広いエントランスを見回していると、二人の警察官と春香が会計カウンター横の『関係者以外立ち入り禁止』と書いてあるドアを開けて出てきた。
「ママ」
「春香……」
「あ、雄太くん。凱央」
春香は警察官に頭を頭を下げて、包帯を巻いた凱央と春香を見てホッとしている雄太に駆け寄った。
警察官は軽く頭を下げて雄太達に背を向けて話をしながら、処置室前にいた警察官と隅で何か話をしていた。
「凱央。重幸おじちゃんにちゃんと診てもらえた?」
「うん。ぼくも尚くんもちゃんとみてもらったよ」
「そう。重幸おじちゃんにありがとう言った?」
「うん」
春香は父親に抱っこされた尚道の頭を撫でる。
「尚道くん。今日はお家でゆっくりしてね?」
「ありがとう。トキくんママ」
雄太は尚道の春香を見る目が少し違っているように感じた。
(もしかして春香に助けてもらって、見た目より頼りになるって感じた……とか? って事は、本当に春香は……?)
何度考えても、ポヤポヤした感じの春香が……と考えてしまう。
「じゃあ、とりあえず帰りましょうか?」
雄太が言うと皆が頷いた。
「あ、尚道くんの自転車は俺の知り合いが俺の家に届けてくれてますよ」
「え? あ……自転車の事をすっかり忘れてたな。ありがとうございます。じゃあ、受け取りにご自宅に寄らせてもらっても良いですか?」
「もちろんです」
尚道の父親は、雄太が春香の事に気が回らなかったように、尚道の自転車の事を忘れていたようだった。
凱央は雄太に、尚道は父親に抱かれながら笑いながら話している。
「トキくん。たすけてくれて、ホントにありがとう」
「だって、尚くんはともだちだもん。それに尚くんもぼくがつきとばされたとき、たすけてくれたし」
「えへへ。ぼく、トキくんとともだちでよかったよ」
「ぼくも」
包帯は痛々しいが、お互いを助けられた事から、どこか誇らしげに見える。
「まったく……。怖い物知らずというか、向こう見ずなのは春香に似たんだな」
「お……おじさん……」
「ん? 違うってのか?」
雄太達の後ろを歩いていた春香の頭にポンと手を乗せて呆れた顔をしたのは重幸だ。
重幸の言葉と春香の言動に彩葉は小さく笑っていた。
「まぁ、無事で良かった。救急搬送されたのが凱央だって聞いた時は寿命が縮んだがな」
「ごめんなさい。でも、おじさんの事は信頼してるから他の病院に行くって選択肢はなかったの」
救急隊員に東雲病院へ行ってくれと言い、病院に到着した春香は重幸を呼んでくれと言った。
救急受付をしていたのが春香の顔見知りの職員だったので話は早かった。
(驚きはしたが、春香が何の迷いもなく俺を呼んだのは、それだけ凱央が大切なんだって事だよな)
『凱央を診てっ‼ 尚道くんもっ‼ 今度、マッサージするからっ‼ お願いっ‼』
今にも泣きそうに涙を浮かべて縋った春香の様子から、どんな大怪我なのかと思ったが、擦過傷が殆どだったのでホッとした。
「じゃあ、また明日な」
「おじちゃんせんせい。またあした〜」
子供の擦過傷の消毒や経過観察を、わざわざ医院長が診る事もないだろうにと救急受付の職員がクスクスと笑っている。
笑顔で手を振る春香と凱央をデレデレしながら見送っている重幸は全く気づいてなかった。




