873話
春香達が救急車の停まっている所にきた時、道路の向こうから声が聞こえた。
「凱央っ‼ 春香っ‼」
「あ、パパ」
「雄太くん……」
春香と凱央が声をかけた事で、近くにいた警察官が雄太を関係者と理解したようだ。
雄太と話していた警察官が頷き、雄太は道路を渡って春香と凱央の傍にきた。
「パパ……」
「凱央……」
真っ赤になった目で雄太を見る凱央に涙が出そうになる。
雄太は膝や腕などに出血をしている凱央を傷に障らないように抱き締めた。
「雄太くん。悠助と俊洋をお願いね?」
「分かった」
短いやり取りだったが、春香の気持ちが伝わってくる。
雄太は警察官に抱っこされている尚道の頭を撫でてやった。尚道の目も真っ赤で、凱央と同じように膝などから出血をしていた。
(一体なにが……)
雄太は不安な気持ちで救急車に乗り込んだ春香達を見送った。
雄太は近くにいて事情を知っている人達から簡単に話をきいてから自宅に戻った。
「なん……だと……?」
「それで凱央は? 大丈夫だったの? 尚道くんも」
慎一郎は信じられないといった顔で言葉を詰まらせ、理保は薄っすらと涙を浮かべていた。
「怪我の具合も心配だし、俺病院に行ってくるよ。春香が同乗していったから、きっと東雲病院に向かったと思うから」
「そうだな……」
キーケースや財布をボディバッグに入れながら話す雄太を、悠助と俊洋は心配そうな顔で見上げた。
「パーパ……。マーマハ……? トチオニイタンハ……?」
「パッパァ……」
雄太は膝をついて二人をギュッと抱き締めた。
「大丈夫だ。ママとお兄ちゃんのお迎えに行ってくるから、二人はジィジとバァバとご飯食べて良い子にしててくれよな?」
「ウン。ハヤクカエッテキテネ」
「ワカッタ」
小さな二人に詳しい事を言っても理解出来ないだろう。だが、薄暗くなっても春香と凱央が帰ってこず、雄太の焦った顔で不安になったのだという事は分かる。
「じゃあ、悠助達を頼むな」
「任せろ」
「ええ。安全運転でね?」
慎一郎と理保に後を任せて雄太は病院へと向かった。
道中、あの場にいた知り合い達から聞いた言葉を思い出す。
『雨戸を閉めようかなって思って外を見たら、いかにも怪しいって感じの奴が車から凱央ちゃん達を見ててな……』
『儂が凱央ちゃんの叫び声に気づいて外に出たら、凱央ちゃんと一緒にいた子が車に引き摺り込まれそうになってたんだよ』
トレセン関係者なら、大抵の人は凱央が雄太の子供だと分かっていてくれる。それでなくとも子供の叫び声が聞こえたら、放置出来ないだろう。
『あたしが外に出た時には、凱央ちゃんの友達の子の腕を掴んでてさ。でも、噛みついたり蹴ったりして抵抗してたよ』
『凱央ちゃん、トウモロコシであの男を殴ってたんだよ。友達を助けるんだって泣きながら』
凱央も尚道も、まだ小学一年生だ。大人の男に敵うはずがない。それでも凱央は友達を助けようと必死だったのだろう。
(それにしても……尚道くんを誘拐とか……。金目当て……なんだろうな……)
尚道の家は大きな農家だ。雄太の家より敷地の大きな家があり、この周辺では一番広い田畑を持っている。
犯行の動機など考えたくもないが、金の為ならどんな事でもやるという春香の実親の話を知っているだけに溜め息が漏れる。
(何にせよ、二人が無事で良かった……)
もし誰一人大人が気づかなかったらと思うと背筋が寒くなる。
(それにしても……)
『逃げた犯人に春香さんが……。ほら……えっと、正拳突きとかいうのを喰らわしたんだよ』
『そうそう。その後、背負投げ? 一本背負い? なんかそんなので投げ飛ばしてな』
『惚れ惚れしたよ。さすが春香さん、可愛い顔してやりおる』
(春香が正拳突きとか背負投げとか……出来るのか? そんなのやった事ないだろう……?)
直樹は護身術などは教えたと言ってはいたが、正拳突きや一本背負いは護身術でない事は雄太にも分かる。
色々と謎だらけだったが、とりあえず東雲病院に行けば事情も分かるだろうと思い、雄太は車を走らせた。




