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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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865話


 6月2日(日曜日)


 東京優駿ダービーが開催される東京競馬場は晴れ渡っていた。


 真っ直ぐに前を見ている雄太と純也。その後ろ姿を鈴掛はなんとも言えない気持ちで黙って見詰めていた。


(こいつらのこんな姿を見るなんてな……)


 同級生で幼馴染で親友の雄太と純也が同期のライバルとしてダービーに挑むのだ。ずっと見守ってきた鈴掛は感慨深いとしか言えない。


 ワイワイと子供っぽく騒いでいるのが通常と言えるぐらいな二人が、今まで見た事がないぐらいの真剣な顔をしているのだ。


(昨日の夜はスナック菓子を食べながら、いつも通りじゃれ合ってたって聞いたのにな)


 二人が見詰める先にあるのは『勝ち』と言う、誰もが手にしたいもの。


(本当、良いライバルになりやがって。俺は置いてきぼりかよ)


 鈴掛は苦笑いを浮かべながら紙コップに入った水を一口飲んだ。




(雄太くん、頑張ってね。雄太くんの夢を叶えてね)


 雄太がずっと獲りたいと言っていたタイトルだ。子供の頃から憧れていたダービージョッキーという称号を手に入れて欲しいと心より願っていた。


 いつも通りポンポンを手にした子供達がテレビの前にズラリと並ぶ。


 ここより前に行っちゃ駄目だと言われたギリギリのラインに勢揃いして、雄太の勇姿を見守っている。


「頑張るのよ……、雄太……」


 理保の祈るような声が聞こえる。その声に春香がそっと理保の顔を見詰めた。


 理保は春香の視線に気づき、小さく笑った。


「ずっとずっと……一人で祈るしか出来なかったのよ。うちの人の時も、雄太の時も……」


 大切な人の勝利を祈る。大切な人の無事の帰りを祈る。


 慎一郎の建てた家は大きく立派だったが、一人でいるのは淋しい時もあったと理保は春香に言った事がある。


 敷地内同居をしないかと話を持ちかけた時だ。


 『私は人との付き合いや距離感に疎いので……。いい塩梅が分かりません。お義母さんが邪魔だなと思ったりしない、必要以上に関わろうと考えなくても良い距離感で傍にいてください。それで子供に人との付き合いかたを教えてやってください』


 素直に人との付き合いが苦手だと言う嫁は、やたら自称父親や自称祖父母が多く調教師の夫を遥か超える人脈の持ち主だった。


 媚を売るような性格ではなく、だからといって同情を買う事を良しとせず、甘え下手の嫁を今や本当の娘のように思っている。


 『良い加減の付き合いをしましょうね。私は淋しがりだから、ときたま構ってくれると嬉しいわ』


 そう言った理保に春香は満面の笑みで頷いてくれたのだ。雄太と慎一郎が気づかぬうちに、理保は雄太宅にいる事が多くなっていた。


「春香さんが一緒にいてくれるから安心だわ」

「そうですか? そう言ってもらえるの嬉しいです」


 春香が屈託なく笑うのが嬉しい。愛想笑いではない事が分かっているからだ。


「ええ。さぁ、精一杯応援するわよ」

「はい」


 テレビからファンファーレが聞こえてくる。


 子供達と一緒に、春香と理保は声援を送った。




 ゴール板を一着で駆け抜けたのは、雄太でも純也でもなかった。


「おめでとう」

「やったな」

「ありがとう……ございます……。鷹羽先輩……。塩崎先輩……」


 ポロポロと涙を溢れさせているのは雄太達の後輩だ。


「俺より先にダービージョッキーかよぉ〜」

「え? あはは……」


 後輩の背中をパシパシと叩いている純也の後ろから雄太がボソリと呟く。


「なんなら、ソルより早く結婚しても良いぞ?」

「はい。鷹羽先輩のプロポーズは菊花賞って聞いてます。俺、彼女にプロポーズしますっ‼」


 その時の純也は完璧に固まっていて、鈴掛に笑われていた。




 帰りの新幹線の中、純也はヤケ酒ならぬヤケ弁当をしていた。


「後輩に先越された……。後輩に先越された……」


 ブツブツと言いながら食い終えた空の弁当箱を積み上げる純也の隣で、雄太は自宅で応援してくれていただろう春香達の事を考えていた。


(来年頑張るよ、春香。俺、絶対諦めないからな?)


 来年に向けて気持ち新たに進もうと考える雄太とひたすら弁当を食う純也の対比は長く語り継がれる迷場面となっていた。






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