第33章 変化と進歩 864話
6月1日(土曜日)
雄太はG3エプソムカップに出場した。快勝といった感じで気持ちよく勝利を収めた雄太は、翌日のダービーへ向けて気持ちを切り替えていた。
もし雨が降ったなら……
もしゲートを出る時にまごついたら……
それ以外にも色々と考えている。目を閉じてレースのパターンを何十何百と頭に浮かべる。
「雄太ぁ〜」
「ん?」
「これ美味いな」
調整ルームの雄太の部屋で純也はポリポリとスナック菓子を食べている。
「ああ〜。新発売だってさ」
「さすが春さん。俺の好みバッチリ把握してくれてるぅ〜」
「春香は俺の妻だ」
ニマニマと笑う純也の両頬を雄太はブニッと引っ張る。
「わはっへるっへ。やひもひやひへ」
「全く。お前に菓子なんて買ってやらなくて良いってのに」
雄太はブツブツと文句を言いながら、純也の頬から手を離す。
凱央が友達の家に遊びに行くと言った時にもたせる用にと、春香は子供が好きそうな菓子類を買うようになった。
甘い物、塩っぱい物、小袋入りで子供達が分けて食べられるような物を複数種類だ。
「あ、新発売だって。これ美味しそうじゃない?」
「ママ。これおいしいよ」
春香は気づいてなかったが試食が置いてあり、凱央は一口食べてカートに乗っている俊洋にも食べさせてやっていた。悠助もポリポリと食べていた。
「はい。マーマ」
悠助は一つ春香に差し出してくれる。口に入れるとサクッと軽くて、普段菓子類を口にしない春香でも美味しいと思えた。
「美味しいね。じゃあ、いくつか買っておこうか。お友達の家に持っていくのに良いしね」
「うん」
そういって買ってきた一つを雄太に持たせてくれた。
「春香に、ソルを甘やかすなって一回しっかりと言わなきゃな」
「ヒデェー」
純也はブーブーと文句を言うが実際雄太宅で子供達と同じような過ごしかたをしているのは確かだ。
鈴掛や梅野からは鷹羽家のデカい長男と言われている。
「春さんに雄太がいじめるって告げ口してやるからな」
「うるせ。凱央達の見本にならないなら出禁だぞ」
「俺は良い見本だろうが〜。ちゃんと凱央の見守りだってしてやってるんだからな」
凱央が自転車で出かけるようになり、多少心配していた雄太だが、トレセン関係者の誰かが凱央達を見守ってくれている事に感謝をしていた。
特に純也はランニングであちこち走り回っているから、凱央達を見かけた時に危ない事をしていないか、自転車で夢中になって走っていないかなど見守っていていてくれる。
「何かさ、凱央達が楽しそうに走り回ってんのみたらガキの頃を思い出すよな」
「よく父さんにゲンコツ喰らったよな。馬が一番だ。馬に怪我させたりしたら、一生飯抜きだぞってさ」
「そうそう。騎手ん時もカッケーって思ってたけど、調教師になってからもスゲェーカッケーと思うんだよな」
「格好良い……か? まぁ……うん」
「俺の目からしたらカッケーんだよ」
純也はそう言って笑う。雄太の目からして父と同年代は怖い印象が強い。
ただ、自分の子供も他人の子供も同じように褒めるし叱る。それが良いのか悪いのかは時代にもよるだろう。
「てかさ、俺って凱央達から見たらおっさん?」
「へ?」
「今ふと思ったんだよ。俺等ガキの頃って、友達の父ちゃんっておっさんだったろ?」
突然の純也の発言に雄太は思いっきり考える。
(た……確かに……。子供の頃って、単純に友達の父親はおっちゃんで友達の母親っておばちゃんだったな……)
純也は壁にもたれて呑気に話す。
「俺が三十で子供が出来たらおっちゃんだろ? 雄太みたく二十で子供出来てもおっちゃんなんだなって。今は凱央は兄ちゃんって呼んでくれてるけど、子供が出来たら変わるんかなぁ〜とか。雄太は凱央の友達になんて呼ばれるんだろなって思ったんだよな」
「凱央は今のところ遊びに行くのがメインで友達連れてきたことがないんだよな」
「雄太がおっちゃんって呼ばれるトコ、見てみてぇなぁ〜」
「お前なぁ……」
その内、凱央の友達に会う事もあるだろう。なんて呼んでくれるのか、想像するとなんとも言えない気持ちになった雄太だった。




