859話
入学式が無事に済み、凱央達新入生が教室に戻った。その後、保護者も教室に行き、教室の後ろから凱央の背中を見る。
先生が教科書や時間割などの説明をして、保護者向けの話を聞き、雄太はたくさんやる事があるなと思っていた。
(母さん、俺が気がついてなかっただけで色々やってくれてたんだな……。感謝しよ)
そんな事を思いながら、正門のほうへ向かうと里美が立っていた。
「あ。ばぁば〜」
「凱央ぉ〜」
教科書が入った重いランドセルを揺らしながら凱央は一目散に駆けて行き、里美は膝をついて大きく両手を広げていた。
「ばぁば、きてくれてありがとう」
「ふふふ。だって、更にお兄ちゃんになった凱央の姿は見なきゃって思ってたんだもの」
仲睦まじい凱央と里美を見て、周りから『ばぁば……? 奥さんのお姉さんじゃなくて?』と言う声が聞こえ、雄太は笑いを堪えながら里美に近づいた。
「お義母さん。わざわざありがとうございます」
「良いのよ。私が凱央に会いたくてきたんだもの。それに直樹だけ凱央の晴れ姿を見たなんて、雄太くんが許しても私が許せないわ」
「ははは」
出会った頃と変わらない美しく若々しい里美の笑顔を、チラチラと見ていた保護者達が見惚れている。
(お義母さんと会った事がない先輩騎手とか若い調教師達にしたら、春香の養母なんて思わないよなぁ〜。血は繋がってないけど、年齢より若く見えるのは母子なんだな、うん)
里美に撫でられていた凱央がパヤッと笑う。
「ばぁば。まさきにいちゃんにしゃしんとってもらお?」
「そうね。梅野くん、お願いね」
「お任せください、里美先生」
にこやかに笑う里美と雄太達といるより幼く見える凱央が看板の前に立つ。やはり、祖母と孫には見えないと周りから声がもれる。
(凱央はお祖母ちゃんといると孫の顔しちゃうんだな)
雄太達が楽しそうに写真を撮ってもらう凱央と里美を見ていると、看板前から雄太達の所に戻ってきた凱央は胸に着いていたリボンの花を外して里美に差し出した。
「ばぁば、これあげる」
「え? 良いの?」
「うん。ばぁばが、じをおしえてくれたから、きょうしつのつくえにはってたなまえもよめたんだよ。ありがとう、ばぁば」
「凱央……」
里美の目が潤む。
まだ早いと思われるかも知れないと分かっていながら、春香が入院中の時から凱央に読み書きを教えていた。
『雄太くん。気を悪くしないでね? 春香も雄太くんもいわば中卒でしょう? 私は学歴が全てだとは思ってはないけど、世間では馬鹿にしたりする人が大半だと思うの。中卒の親の子は頭が悪いなんて陰口を叩かれて欲しくないの。だから、私が出来る限りの事をしてやりたいって思ってるのよ』
真剣な目で雄太を見て話す里美に雄太は深く頷いた。孫達にやたらとお金をかけずにいて欲しいと言った雄太のお願いを快く了承してくれた里美からの思いを拒否する理由はない。
凱央の将来の選択肢は多いほうが良いと雄太も春香も思っていたからだ。
騎手になるならないと同じように強制ではなく、凱央が嫌でないならと里美が文字などを教えるのをとめなかった。
(俺が教えてやれる事は教えるけど、それ以外でたくさんの事を学んで欲しい……。凱央の世界が狭くなって欲しくないんだ。騎手の息子として生まれたから騎手にならなきゃいけないなんて思って欲しくない。凱央の人生は凱央のものだから)
それが親の責任だと雄太は思っている。
そして、それは春香も同じだ。
「それじゃ、私はそろそろ店に戻るわ」
「ありがとう、お母さん」
立ち上がりながらそっと目元を拭った里美に、春香は気づかないふりをして笑った。
「あら、ありがとうは私のセリフよ?」
「え?」
「春香が雄太くんと結婚をして、可愛い可愛い孫と会わせてくれて、こんなに立派な姿を見せてくれたんだもの」
「お母さん……」
里美は凱央にもらったリボンの花を見詰める。
「悠助の時も、俊洋の時もくるわよ。孫の晴れ姿を見逃してなるものですか」
「うん」
里美は胸にリボンの花を着けると、笑顔で店へと戻っていった。




