854話
3月9日(土曜日)
阪神競馬場 11R 第44回阪神大賞典 G2 15:45発走 芝3000m
爽やかに晴れた阪神競馬場にファンファーレが響き渡る。
雄太は十頭立ての二番人気だ。梅野の馬は一番人気だった。オッズは2.1と2.0倍という接戦だった。
(頑張ろうな? 落ち着いていけば大丈夫だからな?)
雄太は美しい青鹿毛の馬の鬣を撫でてからスッと姿勢をただしてゲートに入った。
ゲートに入った馬達が落ち着くのを待って、ゲートが開いた。
ガシャン
綺麗にスタートした雄太は先行集団に位置を取り、梅野は先頭に立っていた。一周目のスタンド前を通過すると観客席からは歓声が湧いた。
(雄太くん、頑張ってね)
いつものように両手を握り締めて画面を見詰めた。
白いシャドーロールを着けた黒鹿毛の美しい馬体が芝の上を軽やかに駆けている。
(綺麗……。白と黒のコントラストが本当に綺麗……)
付き合い始めた頃、長距離はペース配分が大事なんだと雄太は教えてくれた。鞍上の騎手にしか分からないタイミングがあるのだろうなと春香は熱く語る雄太の横顔を見詰めていた。
そして、その言葉の通り、雄太は焦る事なく前を狙える位置を安定して駆けている。
「ママ。パパ、カッコイイネ」
「ボクモ、カッコイイトオモウ〜」
「うん。格好良くて自慢のパパだね」
「パッパ、シュキ」
「ママもパパが好きだよ」
子供達はポンポンを両手に持ち、いつものようにテレビの前にいる。
まだ、1コーナーを過ぎた辺りだから大人しめの応援だ。この後、ポンポンが壊れる程になるのは分かっている春香はニッコリと笑って話す。
向こう正面を過ぎ、3コーナーに入ると雄太はゆっくりと順位を上げ始めた。馬群の外、他馬を一頭一頭追い抜いていく。
先頭集団の中にいた梅野の馬の隣に並び、4コーナーを周り直線コースに入った瞬間、雄太と梅野の激しい競り合いが始まった。
一歩も引かない直線の競り合いに、場内が沸き立つ。
「パパっ‼ ガンバレっ‼」
「ガンバレっ‼ パーパっ‼」
「パッパっ‼ パッパっ‼」
凱央も悠助もポンポンを持った手を握り締めて声援を送る。俊洋に至っては手にはポンポンはない。放り投げてしまっている。
「雄太くんっ‼ 負けないでっ‼ 頑張ってっ‼」
雄太の馬にピッタリとついて、梅野の馬が駆けている。他馬は二頭の争いについていけずに、画面の中では二頭が激しく競り合っている。
その競り合いは百メートルは続いていた。
「パパっ‼ ガンバッテっ‼ マケナイデっ‼」
「ガンバレっ‼ ガンバレっ‼ パーパ、ガンバレっ‼」
「パッパァ〜っ‼ パッパァ〜っ‼」
子供達は声を枯らして声援を送っている。ポンポンを振り回し、足を踏み鳴らしている。春香も精一杯声援を送る。
二頭は並んでゴール板を駆け抜けた。
「ハァ……ハァ……」
雄太は荒い息を吐きながら、ゆっくりとスピードを落としていく。
(どっちだった……? 多分……俺だったと思うんだけど……)
キックバックで顔についた芝や土を手で払い落とす。ゆるゆると馬をとめて、パンパンと馬の首筋を手で叩いてやる。
「お疲れ。大丈夫か? 頑張ったな」
ブルブルと首を左右に振った馬の鬣を撫でてやる。
「雄太ぁ〜」
「梅野さん」
梅野の乗っている馬も息が荒い。競り合いを続けていたのもあるのだろう。梅野の額にも汗が光っている。
「さすがに三千は疲れるよなぁ〜」
「ですね」
ゆっくりとスタンドのほうに馬を向けると、少しずつ歓声が近づいてくる。
「あぁ〜。やっぱ雄太だったなぁ〜。アタマ差かぁ〜。おめでとうなぁ〜」
「ありがとうございます。多分イケたって思ってたんですけど、確定見るまで安心出来なかったですよ」
「だなぁ〜。てか分かってたのかよぉ〜。どんな動体視力してんだかぁ〜」
「ははは」
観客の声が耳に届き、勝ったんだなと実感する。
雄太はスタンドに向かって手を挙げると、更に歓声が沸き立つ。
観客の笑顔を見ながら、自宅のリビングでも大騒ぎだろうなと雄太は思った。




