851話
二日間で三勝しホッとしながら、雄太は京都競馬場の調整ルームを後にした。
(とりあえず帰ったら凱央と話してみようかな?)
京都からなら一時間弱で自宅に戻れる。まだ凱央達は風呂も夕飯もまだだからリビングで遊んでいる時間だ。
(一緒に風呂に入って……。いや、悠助や俊洋も一緒にっていうかも知れないな……)
そんな事を考えながら高速道路をおり、自宅へと車を走らせた。
子供達の大歓迎を受けた雄太は、順番に抱っこをする。
「おかえりなさい、雄太くん」
「ただいま、春香」
柔らかな春の陽射しのような笑顔で迎えてくれた春香を見ると純也の言葉が思い出され、ジッと見詰めてしまう。
(初恋がいつであっても今が幸せなら……だな)
騎手免許交付前、全治一ヶ月と言われた怪我をしてデビュー出来ないのではと絶望したり、突然勝てなくなったとスランプに陥ったりと良い事ばかりではなかったが、いつでも春香が傍にいてくれて癒してくれた。
「どうかした?」
「俺は幸せだって思ってさ」
「ん? 私も幸せだよ」
春香は雄太の腕にそっと寄り添った。
家族揃って風呂に入り、その後ワイワイと食事をした後、雄太は自室に行こうとする凱央を呼び止めた。
「凱央。今日はパパと一緒に寝ようか?」
「パパト?」
「たまには良いだろ?」
幼稚園に入ってから凱央は自分の部屋で一人で寝るようになっていて、前に雄太と一緒に寝たのはいつだったか思い出せないぐらいだ。
「ウン。ボク、アルツレテクルネ」
「ああ。持ちづらいって思ったらエレベーター使えよ? 階段で転んだら危ないからな?」
凱央は大きく頷いて自室へと上がっていった。
雄太は悠助と俊洋を寝かしつけ終わった春香に、凱央と一緒に寝ると告げおやすみのキスをして自室へと向かった。
雄太は自室に入り、ベッドを整えてやった。しばらくすると大きなぬいぐるみを抱えた凱央が部屋にやってきた。
「パパ。マクラアル? ボクノトアルノ」
「ちょっと待ってろ。客間から持って来てやるから」
「ウン」
雄太は客間から枕を二つ持って来て並べてやった。
「アリガトウ、パパ」
「ああ。あのな、凱央」
掛け布団をかけてやり、雄太は凱央に話しかけた。
「ナァニ、パパ」
「凱央が前に話そうとして止めた時の事は覚えてるか?」
「……ウン」
「そうか。あのな、もしパパに相談っていうか、訊きたい事があるなら話して欲しいんだ。もちろん無理矢理話せとは言わないぞ?」
凱央に分かるように話そうと言葉を選んで言う。どういう風に言えば良いのか迷いながらだが、凱央には通じたようだ。
凱央はギュッと掛け布団の端を握り締めた。そして、雄太をジッと見詰める。
「……ウン。アノネ……エット……」
「ゆっくりで良いぞ?」
「ウン。アノネ、マエニヨウチエンノオンナノコカラチョコヲモラッタトキニ、トキオクンノスキナオンナノコオシエテッテイワレタノ」
「前に……? ああ。去年のバレンタインデーの事だな? その時に好きな女の子がいるのかって訊かれたのか」
「ウン」
純也と話してた事に似た話しになってきたなと雄太は思っていた。
「ボク、ナンテイエバエイイノカワカラナカッタノ」
「ん? 凱央は好きな女の子はいないのか?」
「イルヨ」
凱央の答えに雄太は少々ビックリしたが、そっと頭を撫でてやった。
「じゃあ、今度訊かれたら素直に好きな女の子いるって言えば良いんだ。嘘を吐く必要なんてないからな?」
「ソウ……カナ……?」
「ああ」
凱央照れくさそうに言うと少し笑った。凱央が産まれたばかりの事を思い出すと胸が熱くなる。
(本当、ついこの前産まれたばかりって思ってたのにな。いつの間にかこんなに大きくなって、好きな女の子がいるのかぁ……)
スースーと寝息を立てている凱央の寝顔を見詰めてから、雄太は部屋の電気を消した。
後日、ホワイトデーに凱央が好きな女の子を訊ねられ『モモチャン』と答えていたと春香から聞かされた。
(モモちゃん……。凱央の初恋はモモちゃんなのか……?)
雄太は、唖然とした後なんとも言えない複雑な気持ちになった。




