850話
2月9日(金曜日)
京都競馬場の調整ルームで、雄太は壁にもたれ缶コーヒーを飲みながら考え込んでいた。
(ん〜。答えが……出ない……。出ないってか、分からない……?)
「何だよ。んな暗い顔して。もしかして春さんと喧嘩でもしたのか?」
「ソル」
いつの間に部屋に入ってきたのか、大袋のポテチの抱えて立っていた。
「春香の事じゃなくて、凱央の事で……な」
「凱央の? 反抗期……はまだだっけ?」
純也はポスッと雄太の隣に座った。パリパリと良い音を立ててポテチを齧る。
どう言えば良いのか雄太は悩んだ。そもそも子供がいない純也に相談しても、明確な答えが出る気がしない。
「えっと……」
「何があったんだよ? 話してみるだけでも気持ち楽にならね? 俺、聞くぐらいなら出来るからさ」
言い淀んでいた雄太は、ゆっくりと話し出した。
「実は、この前凱央が『あのね、幼稚園の』って言って、その続きを言わなかったんだ」
「へ? 途中で言うのをやめたって事か?」
「そうなんだよ。気になっちゃってさ」
子供だから何か思わせぶりにしようなどと考えてもいないだろう。だからこそ気になって気になって仕方がなかったのだ。
「ん〜。何か雄太に聞いて欲しかったって事かな? けどさ、春さんには言ってるかも知れねぇだろ? 春さんは何か言ってなかったのか?」
「何も言ってなかったな……。まぁ、春香に相談してるのかも知れないけど、やっぱり父親として相談して欲しいってのもあってさ……」
「凱央はまだチビっ子だけど、男同士だもんな」
純也は、ポテチの袋に手を突っ込んだまま、少し上を向いて考える。そして、何枚か口に放り込みバリボリと食べて、ハッとしたような顔をした。
「もしかして……いや。……けど、バレンタインデー前だもんな」
「へ?」
「ほら、来週バレンタインデーだろ? もしかして、凱央は好きな女の子からチョコが欲しいんじゃないのか?」
「好きな……女の子……から? いやいや。凱央は幼稚園児だぞ?」
雄太が目を丸くした後ブンブンと首を振ると、純也はニヤリと笑った。
「何言ってんだよ。幼稚園で初恋とか全然おかしくねぇからな?」
「そうなのか……? ソルの初恋っていつだったんだ……?」
「俺? 俺は幼稚園の年少さんだったぞ?」
「はあっ⁉ 早くないか……? てか誰……?」
「名前は覚えてねぇけど、年長さんの担任だった先生だ」
「年長さんの担任の……? どんな人だっけ……?」
初恋の相手が幼稚園や保育園の先生というのは、よくある話かも知れない。
一生懸命どんな先生だったからと思い出そうとするが、雄太は全く思い出す事が出来ない。
「エクボがあって、髪を後ろで結んでて、おっぱいが大っきかった」
鼻息荒く答えた純也の言葉に、雄太はガックリと肩を落とした。
「途中までは分かったけど……」
「んだよ。おっぱいは重要だぞ。……てか、雄太の初恋っていつ?」
「……」
「おい。ノーコメントかよ」
純也はゲラゲラと笑った。恋愛に奥手な雄太の本当の意味での初恋は春香なのではないかと思っていた事すらあった。
(ほのかな恋心ってぐらいのはあったかも知んねぇけど、ガチで惚れた女ってのは春さんだけだろうな。春さんの初恋は雄太だって言ってたし)
純也の中では、問題行動を起こした雄太の元カノはノーカン扱いだ。
そもそも好きで付き合った訳じゃないと雄太も言っていたからだ。
「お……俺は……。えっと……」
「ん?」
「その……」
目が泳いでいる雄太を見て、純也はポンと肩を叩いた。雄太は固まり俯いた。
「ワリィ。無理に訊く気はないって」
「ソル……」
「良いじゃねえか。初恋なんていつでもさ。早かろうが遅かろうが、今幸せだったら、それが一番だろ?」
膝を抱える形で雄太は小さく頷いた。
「人それぞれだって、な? それよか、凱央の事だろ?」
「あ……うん。そうだな」
「去年、凱央は好きな女の子からチョコもらえなかったから悩んでんじゃね?」
「その可能性が一番ありそうだよな」
凱央の好きな女の子の話は聞いた事はなかったが、日曜日か月曜日にでも凱央と話してみようと思った雄太だった。




