83話
(鷹羽くんは、春の為に、こんな風に怒るんだな……。俺は、鷹羽くんの事を誤解してたのかも知れない……。春の生い立ちを聞けば『訳アリの女なんてゴメンだ』と、スッパリ諦めるかと思ってたんだが……な……)
薄っすらと涙を浮べ、固く握った拳を怒りで震わせている雄太を見て、直樹は雄太の春香への想いの強さを感じた。
「俺も里美も心底腹が立ったよ……。春が家を飛び出しても捜索願も出さなかった奴等が金の無心とか有り得ないってね……。もちろん春も同じ気持ちだった。金の無心を断ると、奴等は春をつけ回し始めたんだ。店の近くもウロつき始めた。警察に行って事情を話してパトロールを強化してもらっても、隙を狙って接近して来たんだ。何度も何度も……ね。しかも『家に帰って来い』じゃなく『金を寄越せ』だったんだ……。それで俺達は、運良く空いていた店の二階の一部屋を買って、通勤時に近寄られないようにしたんだよ。それで接触は避けられるようにはなったんだけど……春の心は閉ざされて行き、それを……悲しみと言うコンクリートで固め……どんどん冷え切って行ったんだ……。世の中を恨んで……諦めて……絶望している、そんな感じだった……。仕事柄、笑って接客をしなきゃいけないと春自身も思っていて、 一生懸命笑おうとしていたんだけど、それすら出来なくなるぐらいに……ね……」
「今も……なんですか……?」
雄太には、あの無邪気な笑顔が作り笑いには思えなかった。
本当に嬉しそうに目をキラキラと輝かせて、自分の書いた色紙を眺めていた姿が演技だとは思えなかった。
「今は笑えてるよ。でも、心と体の成長がアンバランスでね……。大人だと笑ってやり過ごせる事が春には出来なくて、酷く傷付きやすいんだ……。大きな心の傷を抱えているからね……。だから、春の笑顔を見て『自然に笑っているな』と感じる時は、本当に嘘偽りなく心から笑ってる。鷹羽くん、春が君へ向けている笑顔は 間違いなく本物の笑顔だよ…… 。ただ……」
「ただ……? 何ですか……?」
直樹は雄太を見た後、言い難そうに目を逸らした。
「春は……君に親の事を知られたくないんだと思う……。君に知られたら『嫌われる』と思っているんだと思う……。俺から君に話しておいて『何だ?』と、君は思うだろうけど……。春は、自から自分の過去を話す事はしない。相手が誰であっても……ね。ずっと、一人で抱えて生きていくつもりだと言っていたから……。だから君の申し出を断ったんだと思うんだ……。普通の暮らしをして来た人間には理解出来ない話だろ……? 春の身の上は……さ… …。そんな過去がある上に、付き合った途端、金の無心の矛先が自分の恋人に向くかも知れない……と、春は考えてるんだと思うんだ……」
恋人になった途端、その恋人の親から金の無心をされる。そんな事はゴメンだろう。
子供の雄太であっても容易に想像が出来る。
(市村さん……。市村さんは、今までどんな思いをして生きて来たんだろう……。どれだけの涙を流して来たんだろう……)
「奴等は金の亡者だよ。春の恋人に金をたかるのは仮定でしかない。だけど、それを思わせる事を彼奴等はして来たんだ。春から金を引き出せないと思った奴等は……春を売ったんだ 」
直樹は忌々しげに言った。
「売った……? 自分の娘を……? 捨てた娘を……?」
(何だ…? 何なんだっ⁉ 何なんだよっ⁉ それが……それが親のする事なのかっ⁉)
今までの話だけでも鳥肌が立つようだったのに、まだ続きがあるのかと、雄太は耳を疑った。




