842話
11月27日(月曜日)
「じゃあ、子供達をお願いします」
「はいはい。楽しんでらっしゃい」
「ゆっくりしてくれば良い」
「ありがとう。父さん、母さん。いってきます」
慎一郎宅のリビングに濃紺のスーツの雄太とクリーム色のワンピースの春香が慎一郎達に頭を下げる。
「パパ、ママ。イッテラッシャ〜イ」
「イッチェラッシャイ」
「バ〜バイ」
意外とアッサリと手を振る子供達に苦笑いを浮かべながら、雄太と春香は出かけた。
「……アッサリとバイバイってされると、ちょっと……な」
「あはは……。私は泣かれたらどうしようかと思っちゃってた」
「それはそれで困るよな」
「うん」
久し振りの二人っきりのデートだ。
数日前、夕方に慎一郎が雄太宅に訪れた。お茶を出した春香にホテルの名前が入った封筒を差し出した。
子供達と遊んでいた雄太は何だろうとテーブルに近づいた。
「父さん。これ、何?」
「28日は二人の結婚記念日だろう? 月曜日、二人っきりで出かけてくると良い。凱央達は儂と理保が見ててやるから」
「お義父さん……」
慎一郎は一口茶を飲んでフゥと息を吐いて笑った。
「雄太はともあれ、春香さんは三人も子育てして大変だからな。たまには雄太とのんびり食事するのも良いだろう?」
「ありがとうございます。お義父さん」
にこやかに笑う春香に、慎一郎はうんうんと頷いていた。
「父さんあの時、『雄太はともあれ』って言ってたろ? 『俺は息子だぞっ⁉ ちゃんと子育て参加してるからなっ⁉』って思ったぞ」
「ふふふ。私、吹き出しそうになっちゃったよ」
京都市内にあるホテルでのランチは、ランチとは思えない豪華さだった。
「父さん、良いランチを予約しててくれたんだな」
「うん。ディナーって言っても良いぐらいだよね」
春香は美味しそうにステーキを頬張る。噛むと肉汁がジュワッと溢れる。
「ん〜。美味しい」
「美味いよな」
春香との交際すら反対していた慎一郎が、春香を労ってくれた事が雄太は嬉しかった。
(本当、あれだけ猛反対されてたのが嘘みたいだよな。てかさ、俺の女を見る目を一回ぐらい褒めてくれても良いのに)
慎一郎は春香の事は褒める。これでもかというぐらいに褒めるのだ。
(父さん、しっかり春香に胃袋掴まれてんだよな。マッサージもしてもらってるし、孫との時間も持たせてもらえてるんだしな)
美味しそうに食事をしている春香が幸せそうにしていて、雄太も幸せな気分になる。
「雄太くん、人参のグラッセちょうだい」
「え? あ、うん」
ステーキの付け合わせの人参のグラッセを春香のステーキ皿に入れようとして、ふと雄太は動きをとめた。
「どうしたの?」
雄太はキョロキョロと周りを見回した。そして、フォークに刺したグラッセを春香のほうに向けた。
「春香、あ〜ん」
「え? あ……」
春香は口を開けた。雄太は照れくさそうに笑う。
「美味いか?」
「うん」
春香も照れくさそうに笑いながら頬を赤らめていた。
デザートを食べている春香を見ていて、やはり子供達と似ているなと思った。
「これ美味いなぁ〜」
「うん。シフォンケーキ、久し振りに食べたよ〜」
「子供達にも食べさせてやりたいよな」
「私も思った」
顔を見合わせて笑う。二人っきりにしてもらえたが、やはり頭の中には子供達がいるのだ。
「これホールの持ち帰りが出来るかな? ちょっと訊いてみるよ」
「うん」
ホールスタッフに声をかけると、シフォンケーキの持ち帰りもあるという事で頼んだ。
帰り道、付き合い始めた頃に行った大津市内の公園に寄った。
「懐かしいよな」
「この辺は普段くる事がないもんね」
二人並んで歩く。あの頃より好きな気持ちは増えている。守りたいものも増えた。
「これからも、ずっと一緒にいてくれよな」
「うん。明日も明後日もその先もずっと一緒にいてね」
出会った頃と同じように春香の手をギュッと握った。春香も握り返して、嬉しそうに笑う。
二人きりの時間をくれた慎一郎と理保に感謝をしながら、子供達が待つ栗東へ戻って行った。




