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君と駆ける······  作者: 志賀 沙奈絵


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838話


 9月29日(金曜日)


「パパ、ガンバッテキテネ」

「パーパ、オウエンシユネ」

「パッパ、バンバエ」


 玄関先で子供達がピョンピョンと跳ねながら、調整ルームに行く雄太に声援を送る。


「ああ。頑張ってくるから、ママの言う事をきいて良い子にしてるんだぞ?」

「ハ〜イ」

「アイ」

「ン」


 雄太は膝をついて、一人一人の頭を撫でる。最後に春香をそっと抱き締める。


「じゃあ行ってくるな」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「ああ」


 春香の優しい抱擁を受け、雄太はニッコリ笑って京都競馬場へ向かった。




 調整ルームの食堂では人集ひとだかりが出来ていて、そっと近づくと中心に鈴掛がいた。


「鈴掛さん?」

「お、雄太。すまんな、また今度な」


 鈴掛は後輩達に手を挙げて席を立った。そして、立ち上がると雄太の肩を抱いて歩き出し、小さな声でボソボソと話し出した。


「助かった……」

「何があったんです?」

「結婚式の後、どこに行っても後輩達に囲まれるんだ……」

「へ? あ、結婚した話が訊きたいとかですか」


 雄太が言うと鈴掛が耳まで赤くなり小さく頷いた。


「俺の再婚話なんて……訊きたいもんか……?」

「訊きたいと思いますよ? 若くて綺麗な奥さんもらったんだんだし」

「若くて……綺麗……」


 更に鈴掛の顔が赤くなり、雄太の肩に乗せられた手まで熱くなっている。


「忍さん、綺麗ってか美人でしょ? 後輩達にしたら羨ましいってのあるんじゃないですか?」

「羨ましい……。俺が……羨ましがられる……」


 恥ずかしさから、鈴掛の声がドンドン小さくなっていく。中々見られない鈴掛の姿に、雄太は吹き出しそうになっていく。


 項垂うなだれた鈴掛の耳は、真冬の屋外にいたかのように真っ赤だ。


 雄太が部屋のドアを開けると鈴掛は壁にもたれて座り込んだ。


「すまん、雄太……。コーヒー買ってきてくれるか?」

「良いですよ。待っててください」


 きっと後輩達に質問攻めにされ、コーヒーを飲む事も出来なかったのだろうと思い、雄太は再び部屋を出た。




 土曜日、雄太は二勝した。ホクホク顔で調整ルームに戻る途中で鈴掛が待っていた。


「雄太。調整ルームまで一緒に行ってくれ……」

「え? あ、ああ〜。はい」


 騎手控室などでは声がかけられなかった鈴掛だが、調整ルームに入るとまた質問攻めにされるんじゃないかと警戒しているのだ。


「その内、飽きると思いますけどね」

「そう祈ってる……。俺がお前らより下の後輩にいじられるとか思ってなかった……」

「鈴掛さんって、デビューしたての子達からも慕われてるからだと思いますよ? 嫌われる先輩とか近寄りがたい先輩って思われるより良いじゃないですか」

「確かにそうだな。けど、忍の事をあれこれ訊かれるとか、馴れ初めとか訊かれるなんて……な」


 二人は笑いながら調整ルームに戻り、風呂と夕飯を済ませ、鈴掛は純也と同じように雄太の部屋に布団を持ち込みゆっくり話しながら過ごした。




 翌日、雄太はG3セントウルステークに出場する。しかし、朝から雨模様だった。


 調整ルームを出た雄太は、秋雨が降る空を見上げフゥと息を吐いた。


(雨……かぁ……。凱央の運動会の日は大丈夫かなぁ……)


 凱央の運動会は10月9日の月曜日だ。トレセン関係者が多いので日曜日ではなく月曜日に行われる。


 運動会は、まだ先ではあるが心配でならなかったのだ。たが、もう調整ルームを出なければならない。


 雄太は気持ちを切り替え、騎手鷹羽雄太の顔になる。




 ポツポツと雨が降る中の騎乗は気を張るのだ。芝だと滑ったりする事があるからだ。ダートだとゴーグルが泥だらけになり前が見えなくなる。見えなくなったら、ゴーグルを下げなければならない。


(よしっ‼ 頑張っていこう)


 雄太は気合いを入れた。




「くぅ〜。勝ったと思ったんだがな」

「お疲れ様でした」


 先頭だった鈴掛の馬をゴール手前で差した雄太はニッと笑ってハイタッチをした。


 G3セントウルステーク優勝した雄太は大きく息を吸い込で雨雲が広がる空を見上げ、勝てた事にホッとしていた。







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