832話
翌日、札幌のホテルを後にして、雄太達は函館へと向かった。週末は札幌競馬場ではなく、函館競馬場での騎乗があるからだ。
函館は春香が直樹と里美から夏休みをもらい、雄太に会いに訪れた思い出の地だ。駐車場に車を停める前から、春香は何となく気づいていた。
「ホテル、ここにしてくれたんだぁ……」
「ああ。出来ればここに泊りたいって思ってさ。で、札幌のホテルを決める前に電話したら、あの日の部屋が空いててラッキーって思ってさ」
「うん。ありがとう」
雄太の気持ちが嬉しくて感動している春香の無邪気な笑顔が雄太は嬉しかった。
チェックインをしてエレベーターで上階へと上がる。そして、最上階の部屋のドアを開けると大きな窓から海が見えた。部屋に入ると、凱央と悠助は目を丸くした後でキャッキャと窓に走り寄った。
「パパ、ママ。ウミガミエルヨ〜」
「ウミ〜。ウミ〜」
二人の兄について駆け出した俊洋は窓に近づくにつれて壁が邪魔をして見えなくなった事に表情を歪めた。
「パッパ、パッパ」
外が見えないと俊洋が必死で雄太を呼ぶ。
「分かった、分かった」
「フフフ。俊洋、ちょっと落ち着いて」
雄太が笑いながら窓際に近寄り、俊洋の靴を脱がせてソファーに乗せてやる。
凱央も悠助も靴を脱ぎ捨てて、ソファーに膝立ちをして、窓ガラスの向こうに広がる海を眺める。
「海にテンションが上がりまくるところは春香にそっくりだな」
「だってぇ〜。海なんて滅多に見られないんだもん」
トランクの片付けもしないで窓ガラスに張りつく春香を見て雄太は笑った。子供達と同じように海を見ていた春香は苦笑いを浮かべる。
ソファーに並んで海を見ている子供達の後ろに並んで雄太も春香も海を眺めていた。
「ママ。エビフライオイシイ〜」
「コオッケ、オイチィ」
「良かったね〜」
俊洋は黙ってモグモグとコーンクリームコロッケを食べている。
「俊洋……。超絶真剣な目をしてコーンクリームコロッケ食べるんだな……」
「梅野さん達と食事した時もこんな感じだったよ。北海道に来てから、かなりの量のトウモロコシ食べてると思うんだよね」
子供達は今のところ好き嫌いはない。好きな食べ物というのは果物というところは共通している。
凱央と悠助には、『これが好き』と一点集中で食べる事がなかったから驚きだ。
「マッマ、コエ」
「ん? これ食べたいの?」
「ン」
俊洋はテーブルの隅に置いてあるメニューを指差している。
「コーングラタン……。コーンバター……。コーンだらけだな」
「あはは……」
雄太は、凱央達にも訊いてコーングラタンとコーンバターを追加注文する。
届いたコーンだらけの食事に子供達は目を輝かせて、美味しそうに食べていた。
翌日、雄太は函館競馬場へと向い、春香は子供達を連れて函館観光へと向かった。
「ママ。キレイダネ」
「うん。凄い綺麗だね」
「マーマ。アッチモキレ〜」
「そうだね」
「マッマ〜」
「俊洋も綺麗って思ってるんだね」
函館山の山頂展望台。函館の街並みが見える。
(ここって、夜景が綺麗って書いてたよね。雄太くんと来てみたいなぁ……。漁火も見てみたいんだよね。私、見た事がないから)
観光パンフレットで見たネオンがキラキラしている写真と昼間の景色は違うけど、それでも綺麗な景色だと思う。
今は子供達が小さいから無理だろうと思う。
(子供達が独り立ちをして、それから雄太くんのレースを見に来た時に夜景と漁火を見よう)
雄太との思い出がある函館で、何年か先の夢が出来た春香は、今はまだ幼い子供達との観光を楽しんだ。
「鷹羽さん、今大丈夫ですか?」
「ちょっと訊きたい事があって」
「ん? どうした?」
休憩中の雄太に声をかけてきたのは札幌競馬場でも一緒に騎乗した後輩達だ。
「レースでの位置取りの事で……」
「騎乗姿勢の事で相談が……」
以前より気楽に話しかけてきてくれた後輩達に嬉しさと少しこそばゆい気持ちを持ちながら、後輩達の相談にのっていた。
その姿を影から見ていた純也は楽しそうに笑っていた。




