831話
しばらくアレックスの顔を抱き締めていた凱央が顔を上げると、一筋涙が頬を伝った。
その涙をアレックスがペロリと甜めとった。ビックリした凱央がアレックスを見詰めた後、鼻面を撫でる。
「アリガトウ、アル。ダイスキダヨ」
凱央が笑うと、アレックスは鼻面を凱央の頬に押しつけた。その姿は『もう泣くなよ』と言っているように雄太は思えた。
「マッマ、ンマタン」
「はいはい。俊洋、優しく優しくナデナデよ?」
「ン」
アレックスに触らせてくれと俊洋が催促をする。
春香は抱っこしていた俊洋をアレックスに近づけた。
「アル。この子は俊洋っていうの。よろしくね」
「アウ〜」
アレックスは鼻をヒクヒクとさせて、手を伸ばしてくる俊洋を見詰めている。小さな小さな俊洋の手がアレックスの鼻面に触れた。
春香もアレックスを撫でる。
「アウ〜、アウ〜」
「アル。ずいぶん白くなったね。綺麗だよ」
カームと同じように、種牡馬になりふっくらとした馬体だが、やはり目は優しい。
凱央は特別に人参をあげさせてもらった。バリボリと齧る音が響く。
「アル。オイシイ? ボクモ、ニンジンスキナンダヨ」
「ボクモ〜」
悠助も両手を広げてアピールをする。凱央を抱き上げていた雄太は苦笑いを浮かべる。
凱央はまた雄太に抱き上げてもらい、アレックスを撫でさせてもらった。
「アル。マタクルカラネ。ボクノコトオボエテテネ。ワスレチャイヤダヨ」
その後、揃って写真を撮ってもらった。
凱央は何度も振り返りながらアレックスに手を振っていた。
(本当、春香にそっくりだな)
雄太はしっかりと手を繋いだ凱央を見詰めていた。
車に乗ってホテルに向かっていると、凱央がしゃくり上げているのに雄太は気づいた。
「と……凱央?」
「どうしたの、凱央」
雄太と春香が訊ねる。
「アノネ……、アノネ……。ボク、アルニアエテウレシカッタノ……。ズット、ズット……、アルニアイタカッタノ……」
ポロポロと涙を溢しながら話す凱央は、グイッと手の甲で涙を拭った。
「パパ……、ママ……。アルニアワセテクレテ、アリガトウ……」
拭っても拭っても溢れる涙を堪えきれない凱央を、春香はタオルで拭いてやり頭を撫でてやった。
「次はいつって約束は出来ないけど、またアルに会いにこような」
「ウン。アリガトウ、パパ」
泣き笑いを浮かべる凱央はホテルに着くまで眠ってしまった。そして、悠助も俊洋もスヤスヤと寝息を立てている。
「凱央、泣き疲れたんだな」
「アルに会えたのが、余程嬉しかったんだね」
「ああ。本当に会いたかったんだな」
凱央がアレックスの事が大好きであるのは、トレセンで会っている頃から分かっていた。
アレックスの映像を見ている凱央の食い入るような姿や今日のアレックスを抱き締めている姿に雄太も春香も胸が熱くなっていた。
「今日撮った写真、大きく引き伸ばして凱央の部屋に飾ってやろう」
「うん」
雄太は来年のスケジュールなんて分かるはずもないのに色々と考えはじめていた。
ホテルに着き、食事を済ませ部屋に入ると、子供達は雄太と風呂に入ると大騒ぎをした。
「あ……あのな。ここの風呂は皆で一緒に入れる程大きくないんだ」
「ワカッタ。ジャア、ボクハママトハイル」
「ボクモ、マーマトハイル」
「マッマ〜」
雄太と一緒は無理だと分かった三人は、着替えやバスタオルを準備をしていた春香に絡みつく。
「え? 皆ママと一緒なの? 全員は無理だよ?」
「ジャア、ボクハパパトハイル〜」
「ボクモ〜」
「パッパ〜」
春香が駄目だと言うと、ソファーに座っている雄太の元に駆け寄り絡みついた。
「パパ。パパハ、ボクトハイルヨネ?」
「パーパ、ボクダヨネ?」
「パッパ〜」
「いや……だから……」
ピョンピョンとジャンプしながら絡みつく子供達に、どうしたものかと雄太は頭を抱えた。
結局、俊洋と悠助が雄太と入り、春香と凱央が一緒に入った。
(函館に移ったら、また大騒ぎするんだろうな)
そんな事を思いながら、札幌での夜を過ごした。




