828話
翌月曜日の朝食を済ませると、雄太達はけい養牧場へと向かった。
「パパ、ウミ〜」
「綺麗な海だな」
「キレェ〜」
「オゥ〜、ウィ〜」
チャイルドシートが揺れる程にはしゃぎまくる俊洋は、言葉にならない声を上げていた。春香は楽しそうな子供達を見ていて笑顔になる。
だが、やはり不安になる。
(カーム元気かな……。私の事、忘れてないかな……)
大きな大きな甘えん坊のカームはもう十歳だ。人間で言えば三十五歳から三十八歳と言われている。
いつの間にか春香の歳を超えているのが不思議な気がした。
「今は良いけど、あんまりうるさくしたら馬には会えないぞ?」
「ハイッ‼」
「ハ〜イ」
「アイ」
競馬場にいる時も、トレセンでも馬に会う時は出来るだけ静かにしなさいとは教えている。
凱央と悠助は雄太の教えをきちんと覚えてはいるが、俊洋はまだしっかり守れないのではと、雄太も心配はしていた。
そうこうしている内に牧場に着いた。
「牧場長さん、ご無沙汰しています。お元気そうでなによりです」
「いらっしゃい。鷹羽さん、奥さん」
挨拶をしている雄太達の少し後ろで、凱央達はソワソワしていた。
「こんにちは」
「コンニチワ」
「ンンニチハ」
「チヤ」
牧場長は身を屈めて凱央達と目線を合わせる。
「ちゃんと挨拶が出来るなんて偉いな。今、カームは外に出てるんだよ。行こうか」
牧場長が笑顔で案内をしてくれる。放牧地に着くと遠くに馬が見えた。
「あ……、カーム……」
「え?」
「あれ、カームだよ」
春香の声が少し震える。広い放牧地の向こう側で草を食んでいる馬が首を上げて、こちらへと駆けてきた。
「ははは。さすが奥さんだ」
「カームですよね。元気そう」
一気に駆けてきたカームは柵のギリギリまできて、春香の前に立って鼻を鳴らした。
「カーム。カーム……、私の事を覚えててくれたんだね。会いたかったよ、カーム」
「カーム。久し振りだな」
春香と雄太が声をかけるが、カームは雄太のほうをチラリと見ただけでフイッと顔を背けて春香を見た。
「お〜まぁ〜え〜。相変わらずだな」
「プッ」
「はぁ〜るぅ〜かぁ〜」
「ゴ……ゴメン。フッ……フフフ。つい……フフフ」
カームはむくれる雄太を無視して、春香の手に鼻をグイグイと押しつけていた。
春香は笑いを堪えながら、カームの鼻面を撫でる。時折、春香の手をハムハムしたりと甘えている。
「パパ、ダッコシテ。ボクモ、カームナデタイ〜」
「ボクモ、ボクモ」
「パッパ〜」
子供達三人が両手を高く上げている姿は可愛いとしか言えない。
「順番な?」
「ハ〜イ」
「ウン」
「俊洋、ママが抱っこしてあげるからおいで」
「アイ」
雄太は悠助を抱き上げ、春香は俊洋を抱き上げた。
「ボク、ユースケラヨ」
悠助は今まで雄太や春香の教えたように優しく優しく撫でる。
「カーム。この子は俊洋っていうの。俊洋。そっとそっと撫でるのよ」
「ン」
カームは悠助にも俊洋にも嫌がる事なく大人しく撫でられている。俊洋はムニムニとカームの鼻面を撫でながら、顔を近づけていた。髭が顔に刺さるのも気にせずいる。
「ンマタン」
「フンッ」
「フヤッ」
クシャミをしたカームの鼻息を顔面に浴び、俊洋はケラケラと笑っている。
「さすが鷹羽さんのところの子供達は馬の扱いが良いし、クシャミを吹きかけられて笑っていられるとは」
「普段、トレセンや乗馬教室で教えてるので」
「乗馬教室?」
牧場長は小さな子供達をマジマジと見た。
「ボクガ、モモチャンニノリニイクトキ、ユースケモトシヒロモイッショニイッテルノ」
「モモチャン……。ああ、鷹羽さんが言ってらしたポニーの……。そうか。凱央ちゃんは馬乗りなんだね」
「ウン。モモチャンニノッテルノ」
「そうか」
牧場長は嬉しそうに凱央の頭を撫でた。雄太は笑っている凱央を抱き上げた。
「カーム。イイコ、イイコ」
大きくなった凱央の事も覚えていたカームは優しい目をして凱央を見ていた。
そして、優しく撫でる凱央にもスリスリと擦り寄っていた。




