826話
小倉での騎乗を終えた雄太は飛行機で北海道へ向かった。
(札幌に行けば、春香と子供達がいるんだな。あ〜。早く会いたいぞ)
札幌での騎乗が終われば、カームとアレックスに会いに行くのだ。それも楽しみでならない。
あれこれ考えながら調整ルームに入ると、純也がバターの香りが良いクッキーを食べながら歩いていた。
「お前……。落ち着いて座って食べろよ……」
「ん? あ、飲み物買いに行こうかって……。あぁっ⁉ 土産っ⁉ 小倉土産っ⁉」
呆れた雄太が言うと、挨拶をブッ飛ばして、純也が走り寄って雄太の手に持っていた紙袋の中を覗き込んだ。
「……ソル……」
「え? あ、お疲れ」
「良いけどな。お疲れ」
雄太は部屋に向いながら歩いていると、後輩達が挨拶をしてくれる。その中には重賞を勝てたら食事にと約束した子達もいる。
「最近さ、後輩達が可愛く思えて来たんだよな」
「ソルは後輩と仲が良いよな?」
「ん? あ〜。俺呑みに連れてったりしてるぞ?」
純也は自分が梅野にしてくれたように、後輩を連れて行っていると聞いていたのだ。
「俺って、何でそんな風に付き合えないんだろ……」
「へ? そりゃ、バカバカG1獲ったりしてて憧れが強いから簡単に話しかけれねぇ〜って奴だろ?」
雄太はドアを開ける手を止めて純也をジッと見た。
「……マジ?」
「憧れが強過ぎて、雲の上感が凄いらしいぞ? だから、この前雄太に飯の約束を取り付けられたのが奇跡みたいだってさ」
なんとも言えない気持ちになった雄太は部屋に入りバッグを置くと、ハァ〜と大きく息を吐いて座り込んだ。
純也は雄太の前に座り込んだ。
「そんなモンか……? 気軽に誘ってくれたり話してくれても良いのにさ」
「無理じゃね? 俺は、雄太絡みで鈴掛さんとも親しくさせてもらってたけど、何の伝手も無い子達からすれば『G1騎手』ってのはスゲェー存在なんだって」
「そっか……。俺の感覚って普通じゃなかったんだな……」
天才と言われた騎手であり、今は重賞馬を管理している調教師の慎一郎を父に持っている雄太は稀な存在であり、その雄太自身が若くてG1騎手なのだから、後輩からしたら雲の上の存在なのだろう。
「何? 後輩達と飯行ったり、呑みに行ったりしたい訳?」
「行きたいっていうか、普通に話しかけて欲しい……」
純也は自身には分からない悩みだなと思った。だが、純也は雄太と仲が良かったおかげで、鈴掛達とも親しくさせてもらって、親身にアドバイスをもらったりしたし、梅野に飲み方を教えてもらったり、良い食事に連れて行ってもらえたりもした。
その事には感謝しかないと思っている。
「まぁ、それは分かるけど、呑みに行ったり飯に行ったりしたら、春さんやチビーズとの時間減るぞ?」
「……それは嫌だ」
「だったら、調整ルームとかトレセンで普通に話せば良いだけだろ?」
そう言って純也は立ち上がり、ドアのほうに向かった。
「ソル?」
純也はニッと笑ってドアを開けた。
「うわっ⁉」
「お……お……おおっ⁉」
ドアの向こうには、なぜか後輩達が複数いて部屋の中に倒れ込んだ。雄太の目が真ん丸になる。
「な……な……な……何〜っ⁉」
「す……すみませんっ‼」
「何話してるのかなぁ〜って」
苦笑いを浮かべたり、焦っている後輩達に純也はケラケラと笑った。
「ほら、入ってこいよ。なんなら何か飲み物を買ってきてからでも良いからさ」
「え……」
「で……でも……」
アワアワしている後輩達を見ている雄太に純也は笑う。
「良いよな? 雄太」
「ああ。あ、小倉で買ってきた土産物あるぞ。斤量に余裕があるなら、だけどな」
雄太はさっき純也が覗き込んでいた紙袋を手に持って見せる。
「めんべいと博多の女とぽんつく」
「やっぱ食い物ぉ〜っ‼」
純也は猛ダッシュで雄太の元に戻り、スライディング正座をした。
その姿を見て後輩達は目が点になり、雄太は仰け反った。
「しこたま買ってきたから落ち着け……」
「おうっ」
後輩達はしばらく固まっていたが、嬉しそうに飲み物を買いに走り、雄太の部屋で菓子を食べながらワイワイと話す事になった。




