825話
翌土曜日、春香達は純也と梅野の応援をする為に札幌競馬場を訪れていた。
三人連れでの競馬観戦は大変かと思ってはいたが、凱央はしっかりと悠助の面倒を見てくれているし、俊洋はレンタルのベビーカーに乗っていて思ったより大丈夫だった。
「塩崎さ〜ん。梅野さ〜ん。頑張って〜」
「ジュンニイチャン〜。マサキニイチャン〜」
「バンバエ〜」
春香と凱央、悠助は純也と梅野の応援に夢中で、俊洋は大迫力のレース……というより馬に夢中だった。
「ンマタン〜、ンマタン〜」
ベビーカーをガタガタ揺らしながら声援を送っている。その度に馬のぬいぐるみが落ちかけて、春香は紐をつけておくべきだったと後悔していた。
2レースで純也が一着になると、凱央と悠助は大興奮でピョンピョンと跳ねていた。
「ジュンニイチャン、カッタァ〜」
「ジニィニ〜、ジニィニ〜」
純也に凱央達の声が届いたのだろう。視線を向けた純也が吹き出しているのが見えた。
それは梅野が勝った時も同じで、笑上戸の梅野は口元を押さえて顔を伏せていた。よく見れば、体が震えている。
(梅野さん、絶対笑ってる……よね?)
春香は笑い出すと止まらなくなり、床に転がっていた梅野を思い出した。
仕事中なのだから大丈夫だろうとは思っていたが、ターフビジョンに小倉競馬場の映像が流れ出すと雄太の姿を探した。
(雄太くん……雄太くん……。あっ‼)
春香が雄太を見つけると、子供達も見つけたらしく大騒ぎだ。
「パパ〜」
「パーパ、イタ〜」
「パッパ〜」
札幌競馬場での現地観戦とビジョンでの小倉競馬場での映像を見るのに大忙しだった。
大声ではしゃいで応援しているとお腹が減るらしく、お昼前には子供達は春香を見上げる。
「ママ。ボク、オナカヘッタ」
「ボクモ」
「ゴアンタベチャイ」
「そうだね。じゃあ、お昼ご飯食べようか?」
競馬場内にある売店に向かい、あれこれ買っていると売店の女性店員が声をかけてくれる。
「お席のほうへ運びますよ?」
「え? でも……」
「お子さん三人もおられるのですから」
「ありがとうございます。じゃあ、お願いします」
にこやかに笑ってくれた若い女性店員に頭を下げて、空いている席へと向かう。
「ん? あ、こっちの椅子一個空いてるから使うかい?」
「こっちの日陰のほうに座んな」
観客の男性達があれこれ世話を焼いてくれた。春香はなぜだろうと思いながら頭を下げて礼を口にすると優しい笑顔を見せてくれる。
「良いって、良いって。あんた鷹羽騎手の奥さんだろ?」
「この子を鷹羽調教師が抱いてたの見たんだよ。大きくなったよな」
「俺は、この子がベビーカーに乗ってる頃に見たよ」
東雲の店に来てくれていた人達と同じように、見守ってくれている人達が北の地でもいるのだと思うと嬉しくなる。
「オジチャン、アリガトウ」
「アリアト」
「ン」
子供達が礼を言うとデレデレしているのもそっくりだ。
一般的に競馬場にいる人達はガラが悪いとか言われがちだが、優しい人も多いと春香は知っている。
「良い子達じゃないか」
「おじちゃんは坊主のパパのファンなんだぞ」
「あ、そろそろ鷹羽騎手のレースだろ?」
春香と子供達が顔を上げてビジョンを見る。
(あ……。あの子はハーティの子……)
雄太が小倉に行く前に、ハーティ産駒に乗るのだと言っていた。
(まだ未勝利だって言ってたなぁ……)
強い馬から確実に強い馬が産まれるとは限らない。良い遺伝子だけが受け継がれる訳ではないからだ。
強い馬の産駒でも、一勝も出来ずに引退をする事もある。分かっていてももどかしいと慎一郎も言っていた。
「パパ、ガンバレェ〜」
「パーパ、パーパ」
「パッパ〜」
周りで応援している人達も声援を送っていた。
結果は三着だった。
「やっぱりハーティグロウの産駒でもキツいのかねぇ」
「いやいや。五番人気を馬券内にもって来ただけで十分だろ」
春香達は雄太のレースを見終わると北海道の味覚を堪能した。
その後、この時に見たハーティグロウ産駒の子は雄太の三着が最高順位で未勝利のまま引退する事となる。




