821話
7月1日の中京競馬場で開催されたG3中日スポーツ賞四歳ステークスで雄太は勝利した。
夏の中京は本当に暑い。しかも梅雨の時期だと蒸し暑さで体力の減退が激しい。それでも馬は頑張って走ってくれたと感謝していた。
(鞍上の俺達でさえグッタリなんだよなぁ……。全力疾走した馬なんてグッタリで済まないもんな。馬の健康にも気をつけてやらないと……。それは俺の役目じゃないけどさ)
エアコンの効いたスタンドの中だと良いが、山手のトレセンでも外に出ると蒸し暑さでムッとするぐらいだ。
騎乗依頼をもらい、そろそろ自宅に戻ろうと車に向かって歩き出す。ポケットからカレンダーつきのメモ帳を取り出し開く。
(えっと……、凱央の幼稚園の夏休みがこの日からで……。騎乗依頼が……)
北海道で種牡馬としてけい養されているカームやアレックスに会う為に、自分の騎乗依頼に合わせて春香達を北海道に連れて行く予定だ。
昨年は理保が骨折をしてしまい約一ヶ月雄太宅で療養をしていた為に、北海道へ行かない選択をした。
(今年こそ、子供達に北海道で馬を見せてやろう。カームとアレックスに会わせてやるんだ)
ずいぶん長くカームやアレックスとは会えていない。
『カームもアルも私達の事を忘れちゃったんじゃないかな……』
春香は不安そうに言っていた。だが、今でもアレックスが一番好きだと言う凱央が会いたいというのだ。母親として、子供が望むのだから行ってみようと笑っていた。
(札幌の依頼も確定したしな。その前日がまだ微妙だけど、とりあえずホテルとレンタカーの予約をして……。それからけい養先に連絡を入れておかないとな。北海道遠征、楽しみだな)
春香と付き合うようになってからは遠征の度に長期滞在が憂鬱で仕方なかった。
会えないストレスと、マッサージをしてもらい体を整えてもらう事がハードな仕事の為にはなくてはならないと思っていたのだ。
(今思うと、俺って春香がいなきゃ何も出来ないとか女々しかったよなぁ……。まあ、今もだけど……)
雄太はメモ帳を閉じてポケットに入れ、車の運転席のドアを開けた。
「雄太、雄太ぁ〜」
「ん? あ、ソル」
純也が大きな紙袋を抱えて走ってきた。
「どうした? その紙袋」
「俺のファンだって女の子達が厩舎に送ってきててくれお菓子だよ」
「へぇ〜。紙袋でか? 配達してもらう時に破れそうだけど大丈夫だったのか?」
「あぁ〜。段ボールがいくつかだったんだよ。でもさ、段ボールだと潰したりとか処理が面倒だから厩舎にあったコレに全部まとめてきたんだ」
純也は紙袋を雄太の車のシートに置いた。溢れる程の菓子を見て、雄太は笑ってしまう。
「さすが、ソルのファンだな。愛されてるじゃないか」
「ファンの愛がお菓子の量に表れてるだろ?」
「ああ。愛されまくりだな」
二人揃ってゲラゲラと笑う。ひとしきり笑って、純也は紙袋の中に手を入れる。
「ダブってるのとか、小さな子供が喜びそうなのもいくつかあったんだよ。チビーズにお裾分けしてやろうって思ってさ」
「良いのか?」
「おうよ」
ガサガサと音をたて紙袋に手を入れた純也は、チョコ菓子や動物の形をしたビスケットなどをポイポイと助手席に置いていく。
「そんなに?」
「実は、寮の部屋にドンとあるんだよ」
「マジかよ。あ、そんぐらいで良いぞ?」
ファンの子達も、純也のお菓子好きが知られているのだろうと思うと、親友として雄太は嬉しくなる。
負けん気が強くて、お調子者だが、優しい親友が我が子にとお菓子を分けてくれている。
「昨日も、これと同じぐらい寮に持って帰ったんだっての。だから、気にすんなよな」
「ああ」
雄太は例の盗聴事件以来、ファンからのプレゼントは持ち帰っていない。純也も菓子類であっても手作りなどは手元に届かないようにしている。
だから、純也が紙袋の中に入れてあるのは未開封の市販の物ばかりだ。
「こんなモンかな?」
「ありがとうな」
「良いって、良いって。んじゃ、また明日なぁ〜」
純也はニカッと笑って自分の車のほうに走って行った。




