820話
北海道から帰り、翌週中京で二日間で騎乗があった雄太は五勝をあげた。
午前中から取材があり、夕方近くに自宅に戻ると、春香と子供達は庭にいた。
「雄太くん、おかえりなさい」
「パッパ〜」
「パパ、オカエリ〜」
「オタエリ〜」
雄太の姿を見つけた凱央と悠助は雄太に駆け寄ってきた。
「パパ、オッキナカタツムリイタヨ」
「タタチュムリ。バァバノオハナニイタ〜」
「バァバの……? あ〜、紫陽花か」
悠助の手には紫陽花の葉っぱがあり、その上には大きなカタツムリがノソノソと歩いている。
慎一郎宅の玄関脇にある紫陽花は、よく見る紫陽花ではなく八重咲きのもので理保が大切に育てているものだ。
旧宅を鈴掛に売り、解体工事をするからという事で移植してきたのである。
「タタチュムリじゃなくて、カタツムリ」
「タタチュムリ」
「カ・タ・ツ・ム・リ」
「カタチュムリ」
「惜しいな。けど、上手く言えるようになったぞ」
雄太はしゃがみこんで、まだまだ上手く言えない言葉がある悠助に一生懸命教える。
「カタチュムリ、カワイイ」
「そうだな」
雄太がドヤ顔で笑う悠助の頭を撫でてやる。凱央は指でツンツンしながら雄太を見た。
「ママ、カタツムリスキカナ?」
「どうだろな?」
「キャアッテイウ?」
「大丈夫だと思うぞ」
凱央は春香のほうを見ながら悩んでいるようだ。
春香と俊洋はプランターで野菜の収穫をしている。
「雄太くん、いいキュウリが出来てるよ」
「お〜」
春香の横では俊洋がしゃがんでプランターに植えられいるキュウリや茄子を指でつついていた。
「俊洋、それはお茄子だよ」
「オアチュ」
「何にして食べようかなぁ〜。焼き茄子? 天ぷら? 煮浸しも良いなぁ〜」
「ウ?」
俊洋には茄子の食べ方は難しかったのだろう。キョトンとした顔で春香の聞いていたが、春香が笑いながらキュウリを収穫ハサミで穫る。
「これはキュウリだよ」
「チュウイ」
「はい。籠に入れてね」
「アイ」
両手を差し出した俊洋の手に春香はキュウリを乗せた。俊洋はギュッとキュウリを握り締め、目を丸くして手を離してポイと投げた。
「マッマ、イチャイ」
「棘あるからね」
春香はキュウリを拾って、俊洋の目の前に見せる。
「そっと持って籠に入れるの。分かる?」
「アイ」
俊洋はそっと持つと籠に入れた。そして、ジッと手を見ている。
広げた手には、キュウリの棘の跡がついていた。
「ん? あ〜。痛いの痛いの飛んでけ〜。大丈夫?」
「ン。チョンゼッチャ」
「うん。痛いのバイバ〜イ」
春香が言いながら空に向かって手を振ると、俊洋も手を振っている。
子供達の大好きなミニトマトは、まだまだ食べられそうにない。小さくて、まだトマトと認識出来ないぐらいなのだが、俊洋は興味津々だ。小さな指でツンツンとしている。
「それはまだ食べられないのよ?」
「ン」
「赤くなったら食べようね」
「アイ」
春香は次々とキュウリや茄子を収穫し籠を抱え立ち上がると、凱央は葉っぱに乗せたカタツムリを春香に見せに走ってきた。
「ママ、カタツムリ〜」
「大きなカタツムリだね」
「ママ。カタツムリノゴハンッテナニ?」
「え? カタツムリの……ご飯……?」
凱央に訊かれて、春香は雄太を見た。
「え? え? 俺、カタツムリの餌なんて分かんないぞ?」
「だよねぇ……? 葉っぱ……じゃないよね?」
「もしかして肉食だったり……?」
二人で悩む。子供の頃からカタツムリを見てはきたが、何を食べているのかなど考えた事もなかったのだ。
「えっと……。カタツムリのご飯、ママもパパも分からないの。だから、このカタツムリは元の場所に戻してきてあげてね?」
「ウン。ワカッタ〜。ユースケ、カタツムリバイバイシニイクヨ」
「ウン。バイバイスル〜」
凱央と悠助は葉っぱに乗せたカタツムリを持って、慎一郎宅の玄関のほうへ走っていった。
その後を追った俊洋が追いつく前に凱央と悠助は戻ってきて、三人で手を繋いで早歩きになった子供達の仲の良さに雄太と春香は目一杯癒された。




